ライラックの傍らに
ライラックの花は、日のよく当たる側から次々とほころび出しました。
「ロザリー様、ついにライラックの花が咲き始めました」
夕食の席でご報告すると、ロザリー様は「そうか、手をかけてやった甲斐があったね。私も森へ向かうときに見ておこう」とお返事なさいました。
私はお仕事を済ませて手が空いた時間には、畑に出ては可憐な色と甘い香りを楽しみました。
みるみるうちにライラックは満開を迎えました。
「ロザリー様、あのライラックで香水をお作りになりますか?」
「ああ、どうしようか。香りを留めておきたい気持ちもあるけれど、あれほど見事に咲いた花を摘むのは惜しいような気もしてしまうね。君の望む通りにするとしよう」
私は迷ってしまいました。まだ咲いている様子を楽しみたいという思いはもちろんとても強いものでしたが、香水を作ろうとするならば花が落ちないうちに早く摘んでしまわなければなりません。
頭を悩ませる私を、ロザリー様は微笑んで見ていらっしゃいました。
「イラ、これから少し外に出てみないかい」
食事の後片付けを終えるとロザリー様が提案なさいました。
「ライラックもちょうど盛りだ。君と2人で花を見たいと思ってね」
「ええ、ロザリー様。ぜひ!」
玄関ホールから出て、お屋敷をぐるりと巡るように歩きます。木は見えなくとも華やいだ香りが次第に強まるのが感じられました。
月光の下で見るライラックは白さを増して幽玄でした。
「見事なものだね。香りも美しい」
嘆息なさるロザリー様に、私はまるで自分自身が褒められたかのように嬉しくなりました。
ロザリー様は私に寄り添うように私の手を取られました。
「ほら、こちらを向いて」
私の手を引くロザリー様に促されて、私はダンスを踊るようにくるりと回りました。ライラックを背にしてロザリー様と顔を合わせます。
ロザリー様は私の頬を掠めるようにして、左手を枝へと伸ばされました。
耳元でかさりと枝葉が鳴り、豊かな香気が鼻に届きました。ロザリー様の指のひんやりとした感触が肌に感じられました。
「やはり君の明るい髪には、ライラックの淡さがとてもよく似合う」
「ありがとうございます、ロザリー様」
髪に飾られた花は香りとともに愛しさを咲かせるようでした。
ロザリー様は左頬に口づけをひとつ下さいました。
「ロザリー様……」
私はロザリー様のお顔を見上げました。ロザリー様は指先に私の髪を絡ませながら続きを促されました。
「香水を作ってくださいますか? この木に咲く花で……」
「もちろんさ。君にいちばん似合う香りにしてあげよう」
私はそれから数日をかけて籠いっぱいにライラックを摘みました。
ロザリー様は丁寧に香りを取り出して、小さな瓶に集めてくださいました。
「香りを変質させないように気を遣ったよ」
甘いその香りは、月の下でロザリー様と見たライラックの印象そのものでした。
「ロザリー様、とても……、とても素敵です!」
「喜んでもらえて、私も嬉しいよ」
ロザリー様は目を細められました。その唇が少しはにかんだ後に開かれました。
「これからずっと、私が作るライラックの香水は君ひとりのものにしよう。私にとって、ライラックの香りを纏うにふさわしいのは君だけだからね」
私だけに、と言っていただけることは、ロザリー様にとって唯一の存在となれることは、なぜこれほどまでに心がときめくのでしょう。
私はきちんとしたお返事も申し上げられずに頬を染めるばかりでした。