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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XII 蜜色
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若木

 それは冬から春へと季節が移り変わる頃の、寒い朝のことでした。

「イラ、今朝はもう畑に出たかい」

 ロザリー様は朝食の席でさりげなく尋ねられました。お仕事の忙しさも一段落して、ロザリー様と私はゆったりとした気分で食卓を囲めるようになっていました。

「いいえ、今の時期は収穫するものもございませんから……」と言いかけて、私はロザリー様の口元が笑みを抑えていらっしゃるのに気付きました。

「ロザリー様、昨夜のうちに何かございましたか?」

「気になるのなら食事の後に見てきてごらん」

 気もそぞろに朝食を済ませ、お皿を下げて勝手口の扉を開けました。


 畑を挟んで勝手口の向かいになる辺りに、一本の小さな若木が生えていました。高さは私のももの辺りだったでしょうか。その根元の土は黒く盛り上がり、植えられたばかりというのがうかがえました。

 寒さのせいか葉っぱはすっかり落ちていて、私はこれは何の木だろうかと首をかしげました。

 ロザリー様にお尋ねすればきっと教えてくださることでしょう。私はそう考えてお屋敷へ戻りました。


 ロザリー様は閉め切った食堂で待っていてくださいました。

「イラ、見てくれたかい?」

 その照れたような表情とお声に、稲妻のようにひらめきが降ってきました。

「ライラックでございますね、ロザリー様。そうでございましょう?」

「その通りだよ」

 少女のように跳ね回りたい気分でした。

「ああ、ロザリー様……!」

 胸元で両手を握りしめて今にも飛び出してしまいそうな気持ちを押さえます。

「今回、君の助言にはずいぶんと助けられたからね。君は庭仕事を楽しんでいるようだし、きっと喜んでくれるのではないかと思ったのだよ」

「ええ、もちろんでございます。ありがとうございます」

「木を育てるのは花や野菜よりも長い時間がかかるけれども、かえって私や君にとっては都合が良いかもしれないね」

「はい、ロザリー様。花が咲くのが今から待ちきれません!」

 ロザリー様はおかしそうに笑われました。

「聞く話によると、花をつけるまでには数年かかるそうだよ。ゆっくり待っておいで」


 私はそのライラックの木を、ことさらに大切に育てました。やがて柔らかい葉が顔を出して枝の先を彩りました。

 すくすくと育つライラックは畑を見守ってくれているかのようでした。私はロザリー様からお話をうかがって、害虫を遠ざける効果がある花を、ライラックを囲むように植えました。


 葉が幾度か落ちては芽吹き、いちばん高い枝が私の頭の高さに届くかというくらいになった頃、小さなつぼみが付きました。硬く緑色だったつぼみは春の暖かさに応えるように膨らみ、やがて濃い紫色になりました。

 花がいつ咲くことかと私はそわそわする毎日を送りました。風の強い日にはつぼみが咲かないうちに落ちてしまうのではないかと気が気でない思いでした。

「あまり手をかけすぎても逆効果だろう。意外と丈夫なものと聞くし、落ち着いて待っているといい」

 ロザリー様はそうおっしゃって私をなだめられました。

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