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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XII 蜜色
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街の女性たち

 花や野菜を作る、静かで閉ざされた日々を送るうちに、世の中は穏やかさを取り戻したようでした。

 ロザリー様がおっしゃることには、海の向こうの覇権争いにおおかたの決着がついたそうです。

「この国に戻ってくる男たちもいるとの話だよ」

 ロザリー様はそう教えてくださいました。私は飛びつくようにお尋ねしました。

「彼女の……、アリスの夫もいるでしょうか」

「……さあ、どうだろうね」

 その伏せられた目は、ロザリー様のお考えを雄弁に語っていました。それでも私はお願いせずにはいられませんでした。

「ロザリー様、街へお出かけになるときには、アリスの夫のことを尋ねてきてくださいますか?」

「ああ、イラ。わかったよ」


 胸の中にしまい込んでいたアリスとの約束が、再び小さな火を灯しました。

 彼女の笑顔を、夫を待つ眼差しを思い返しているうちに、ふと思いついたことがありました。

「ロザリー様、香水をたくさんお作りになった方がよいかと存じます」

「ああ、世の中が平穏になれば装いに気を遣う余裕も生まれるだろう」

 私は笑って「それだけではございません」と申し上げました。ロザリー様は「おや」と私の言葉の続きを促されました。

「街の女性は久しぶりに愛する人に会えるのでしょう? それならばきっと、できる限り素敵な姿を見てほしいと考えるはずでございます。髪を結って、衣服や香水も新しくして……」

 私は毎日ロザリー様にお会いしていましたが、そう言葉を紡ぐと自分の心までが浮き立つようでした。

「なるほど、よいことに気付かせてもらったよ」


 ロザリー様が調香室にこもりきりになられる晩が続きました。軽やかな花の香りが朝といわず夕といわずロザリー様のお体から漂うようでした。

 考えの通りに香水の売れ行きは格段に伸び、ロザリー様は商品や金銭のやり取りのために、香水を取扱っている街の店と忙しく連絡を取り合っていらっしゃいました。1日に何度も手紙が届くこともあり、お屋敷のお掃除や畑仕事の手を止めて応対に駆けていくこともしょっちゅうでした。


 ロザリー様は、アリスの夫を探すために商店をはじめとして方々に手を回してくださいましたが、それでも彼の行方は知れないままでした。生きているのか死んでいるのかすらもわからず、私はもどかしい思いをするばかりでした。

 おそらくは……、悲しいことですが、彼は遠い異国の地で混乱の最中に命を落としたのでしょう。この手記をしたためている今、人間の魂が死後に行くという世界のどこかで、アリスと彼とが再会を果たしていると、私はそう信じています。

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