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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
III 仕立屋
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昼の街

 そのようにして次第に私が街の賑やかな雰囲気に慣れてきた頃のことです。

「イラ、最近の屋敷の中はどうだい? 急ぎの仕事などはないかい?」

 ロザリー様は私にそうお尋ねになりました。

「はい、ロザリー様。いつものようにお掃除をしてお洗濯をして……、特別にしなければならないことはございません」

 軽く頷かれてからロザリー様はこう続けられました。

「それならば好都合だ。明後日に出かけることにするから、そのつもりでいておいで」

「かしこまりました。街へ行くのですか?」

 ロザリー様がお出かけの前に、私の仕事の様子をお尋ねになることはこれまでありませんでしたから、私は少々不思議に思いました。


「ああ。明後日の朝食の後に屋敷を発とう」

 私ははじめ、ロザリー様のお言葉を聞き間違えたのかと思いました。

「明後日の、夕食の後、でございますか?」

「いや、朝食後だよ。日が落ちてからでは遅いからね」

「しかし、ロザリー様……!?」

 ロザリー様は慌てる私を制しました。

「落ちつきなさい、イラ。別に外を出歩こうというのではないよ。建物の前まで馬車で乗り付けて、その後はずっと室内にいる予定だ」

 それでも私の戸惑いは収まりません。

「一体、どうなさったのですか? 何か重大なことでも……」

「それはまだ言えないな。君が心配するようなことは何もないから、安心おし」

「ええ、ロザリー様。かしこまりました……」

 気がかりは消えませんでしたが、翌々日まで何度お尋ねしても、ロザリー様ははぐらかすばかりで、結局どこへ行くのかは教えていただけませんでした。


 そしてお出かけの朝、私は朝食の後片付けを終えて外出用の服に着替えました。そして、ロザリー様が下さったライラックの香水を一滴、首の後ろに付けました。

 ロザリー様はお召し物の上から、厚手の黒いローブをしっかりと着込んでいらっしゃいました。


「イラ、外の天気を見てもらえるかな」

 玄関扉を少しだけ開けて様子をうかがうと、灰色の雲が空を覆っていました。ひんやりと湿っぽい空気が肌に感じられました。

 そのことをロザリー様にお伝えしたところ、「それなら少しゆっくりする余裕もありそうだ。イラ、欲しいものはないかい?」と私に訊いてくださいました。

「欲しいもの……、いいえ、何もございません。今のままで満足でございます」

「君はまったく、無欲なものだ」

 ロザリー様はローブのフードを目深にかぶられました。顔のほとんどがすっぽりと覆われ、ロザリー様の表情がうかがえなくなりました。

「馬車が来たようだ。それでは行こうか」

 私には何も聞こえませんでしたが、玄関扉を再び開けると確かに、大きな馬車がお屋敷の前に止まるところでした。


 ロザリー様は先に私を馬車に乗せると御者の方へ向かい、二言三言言葉を交わされていました。お戻りになって馬車へお乗りになると、鎧戸をしっかりと閉めて、さらに布の覆いを下ろされました。

「ロザリー様、これからどちらへ向かうのですか?」

 馬車が動き出してから、私はそうお尋ねしました。

「街、ということしか今は教えられないな。イラの悪いようにはしないはずだ」

「目的の場所へ着くまで、教えてはいただけないのですね」

「そういうことだよ」

 私はため息まじりに申し上げました。ロザリー様のお顔は暗い中フードに隠されていました。


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