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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XII 蜜色
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太陽の光の跡

「少し日に焼けたかな、イラ」

 ロザリー様はある夏の晩にそうおっしゃいました。

「植物の世話で毎日外に出ておりますから……」

「なるほど」と頷かれて、ロザリー様は私の髪に顔をお寄せになりました。

「日なたの匂いかな……。乾いた土と、健やかで暖かい……」

「あの、汗をかいてしまっておりますので……」

 私は慌ててしまいました。思わず身を引こうとしましたが、ロザリー様はご自身の方へ私の頭を軽く引き寄せられました。

「構わないさ」

 そのお言葉は吐息とともに耳に流れ込みました。すっかり顔が火照ってしまって、私は首をすくめて目を瞑っていました。


 このまま夜が明けてしまうのではないかと思うほど長い時間が過ぎたかに思えました。

 ロザリー様はひそやかなため息をついて私から離れられました。

 それでも顔の熱は引かず、私はうつむいたまま高鳴る胸を押さえていました。

「突然すまなかったね、イラ」

「いいえ、ロザリー様……」

 恥ずかしくてロザリー様の方へ顔を上げることができませんでした。

「君が楽しめているようで何よりだ。けれども無理はしないように気を付けておいで。それと、力仕事があるようならば私に言いなさい。夜のうちにやっておこう」

「ええ、承知いたしました」

 部屋に戻って結い上げていた髪を下ろし、自分でもその匂いをかいでみましたが、ロザリー様のおっしゃる日なたや土の匂いはわかりませんでした。


 日に焼けたかどうかは自分では判断がつきませんでしたが、ある日鏡を見ると、頬にうっすらとそばかすができているのに気付きました。

 畑仕事で日光を浴びることが増えたせいでしょうか。どうにも気になってしまって、私は外に出るときには帽子や頭巾をかぶるようになりました。

 さらに美しい肌を作るのに役立つという食べ物を書物で調べ、意識して日々の食事に使うようにしました。


 一方でロザリー様は何も気を付けていらっしゃらないご様子なのに、いつも白くなめらかなお肌でいらして、私はこっそりと羨んでため息をついていました。

「素朴でかわいらしいじゃないか」とロザリー様は浮かない私を励ましてくださいました。

「ロザリー様はご自身のことでないから、そうおっしゃるのです」と私は唇をとがらせました。

 ロザリー様は困ったように笑われました。

「私は人間とは体のつくりが違うからね。太陽の下に身を晒せば、そばかすどころではない惨状になってしまうよ」

 私は自分の不用意な言葉を反省して肩を落としました。

「明るい光の跡を残す今の君の顔も、とても素敵だと思うよ。ただ、どうしても気になるというのならば2、3日待っていてくれないか」


 その日から2日後に、ロザリー様は花の香りのする軟膏を下さいました。

「見よう見まねで作ったから、どれほど効果があるかはわからないけれどね。様々な薬草や君が育ててくれた花をたっぷりと使っている」

「ありがとうございます、ロザリー様!」

 それからの私は植物の世話をして汗を拭き、頬に軟膏を塗りこみました。日々そばかすが薄くなっているのかはわかりませんでしたが、とにかく肌の状態が悪くなることは避けられました。

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