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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XII 蜜色
157/213

野菜と花

 ロザリー様はお屋敷の東側、台所へ続く勝手口のすぐ脇に小さな畑を作ってくださいました。

「はじめは上手くいかないこともあるだろうけれど、気長にやってごらん」

「はい、ロザリー様」

 手始めには、畑の片隅にすぐに収穫できるという二十日大根の種を蒔きました。水をやりながら数日待つと書物で見たのと同じ芽が生えてきて、期待に胸がふくらみました。

 二十日大根は日に日に育っていきました。私は毎日雑草や虫を除いて手をかけてやりました。

 とうとう赤く丸い根が土の中から見えてきた時、愛おしさに長いことそれらをためつすがめつ眺めていました。


 根がぷっくりと膨らんだ頃合いを見て、私はその根を引き抜いてみました。お屋敷に届けられるものよりは少し小振りでしたが、馴染みのある形の野菜が実際に取れたことには心が弾みました。

 私は勝手口にかけていた籠を取り、並んで顔をのぞかせている二十日大根をひとつずつ丁寧に収穫しました。

 2、30個ほどはあったでしょうか。今日の夕食にする分を取り分けて、残りは酢漬けにすることにしました。

 酢や塩、ハーブを混ぜた鉢の中に丸い根を入れ、重しをのせて沈めます。取り分けていた分はサラダに、切り落とした葉はスープになりました。

 我慢できず、サラダを作っている途中で二十日大根をひとつかじりました。固い歯ごたえとぴりっとした味が鮮烈に感じられました。


 夕食の支度を済ませ、ロザリー様がいらっしゃるのが待ちきれないほどでした。

 あえて何も言わずにいてロザリー様が気付いてくださるのを待とうと企んでいたのですが、きっと隠しようもないほどにそわそわとしていたのでしょう。

 ロザリー様は真っ先にサラダを口になさり、明るく笑ってくださいました。

「何百年と生きてきた中でも、こんなに旨い二十日大根は初めて食べたよ」

「まあ、そんな……。ありがとうございます」

 そのままサラダばかりを召し上がるご様子でしたので、私は「ロザリー様、スープにも葉を入れてみたのです」と申し上げました。

 ロザリー様は「そうなのかい?」とくったりとした葉を掬い上げられました。

「ああ、これも旨い」

 私はくすぐったい思いに笑いました。


 その後も蕪やレタスなどの野菜を育てては食卓に載せました。いつも今度こそ素知らぬ顔をしようと決めていたのですが、ロザリー様はいつもお皿に手を付ける前に私の作った野菜に気付かれてしまわれるようでした。

 もしかしたら自分で気付いていないだけで、やはり見た目が劣るものなのだろうかとも考えて、ロザリー様にうかがったことがあります。

「見た目も味も、屋敷に届くものに勝るとも劣らないよ。けれども私にはすぐにわかるさ。君の顔を見ていればね」

 そんなにも感情を表に出していたでしょうか、と私は少しばかり恥ずかしくなってうつむきました。


 土いじりにも慣れてきて、私は野菜に加えて花の苗を育て始めました。

 森には行けなくても、お屋敷の近くで花を育てて摘むのならば、ロザリー様のお仕事のお手伝いができるでしょうと考えたのです。

 百合やゼラニウムなどを育てるのは繊細でとても楽しいものでした。

 ふわりと香りが広がるようになると、その花を籠に摘みました。

 なかなか香水が作れるほどの量は得られませんでしたが、ロザリー様は喜んでくださいました。そして摘んだ花でサシェやお茶を作ってくださることもありました。


 そう、野菜や花を採るときには、ロザリー様が護身用として下さった鋼のダガーが役立ちました。恐ろしいものに立ち向かうためではなく、実りを得るために刃を使えるのはとても幸せなことでした。

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