屋敷の外
お屋敷での暮らしは少しずつ変化しながらも続いていきました。
王との契約は失われたものの、ロザリー様は月夜の晩には相変わらず魔の者を倒しに森へ赴かれていました。
私は一度、「もう、そのように危険なことをなさる必要などないのではありませんか?」とお尋ねしたことがあります。このままお屋敷で穏やかに過ごせることを期待していたのです。
ロザリー様は「確かに、王に対する義理はないさ」とおっしゃいました。
「それでも私が森へ行くのは、そうだな……、理由を挙げるとすれば3つくらいかな」
ロザリー様はまっすぐに長い指を伸ばされました。
「第一は、もちろん君とこの屋敷を守るためだ。伸びすぎた草を刈るようなもので、屋敷の周りはすっきりさせておいた方が良い。……君が亡霊たちと真夜中のお茶会をしたいと言うなら、話は別だけれどね」
ロザリー様のご冗談に、私は慌てて首を横に振りました。ロザリー様は短くお笑いになって続けられました。
「二つ目は、いわば私自身のためだ。街から人間を逃がさず、気が向いた時に血を頂けるようにしておきたいのだよ。人間たちには油断してもらっていた方が都合が良い」
「ロザリー様、血液ならば私が……」
「気持ちだけありがたく受け取っておくよ。できる限り君を傷付けるような真似はしたくない」
ロザリー様は私を押し止められました。私は椅子に深く座り直しました。
「さて、最後だね。さっき言ったこととも重なるけれど、街の中にも守りたい人間がいる。ほら、テイラーたちがそうだ」
私ははっとしました。この時には足が遠のいていましたが、確かに仕立屋の人々はロザリー様にとっても私にとっても大切な存在でした。
「そういうわけだから、魔の者の退治も全くの無償で行っているわけではないのだよ」
「はい、ロザリー様。よくわかりました」
銀の剣を携えるロザリー様はまさに英姿というのがふさわしい出で立ちでいらっしゃました。お屋敷と私を守ってくださるとはっきりおっしゃってくださったことで、私はロザリー様がお屋敷を離れられる月の晩にも、安心して夜を過ごせました。
ロザリー様は以前と変わらない暮らしをされていましたが、私は少しだけ新しいことを始めました。
そのきっかけとなったのは、お屋敷に届いた本のうちの一冊でした。そこには苗や種を植え育てる方法が記されていました。
「ロザリー様、このお屋敷の周りでもこのように植物を育てることはできるでしょうか」
ロザリー様は私の開くページを覗き込まれて、「……ああ、おそらくね。興味があるのかい?」とおっしゃいました。
「ええ。お野菜が作れれば日々の食事も少し豪勢にできますし、お花を育ててロザリー様のお仕事に役立てていただくこともできるかと思いまして」
「ふむ……」とロザリー様は静かに首肯されました。私は重ねて申し上げました。
「もちろん畑はお屋敷のすぐ側に作るつもりでございます。ロザリー様とのお約束を忘れてなどおりません」
ロザリー様は「見せてくれるかい」と書物を手に取られました。しばらくぱらぱらとめくり、「なるほど、畑か」と独り言をつぶやかれました。
私はどきどきしながら「いかがでしょうか、ロザリー様」とお尋ねしました。
「ああ、君の気晴らしになるのならよいのではないかな」
ことりと私の前に本を戻されて、ロザリー様はそうおっしゃってくださいました。
「ありがとうございます、ロザリー様!」
私の頭の中は早くも何を植えようかという計画を巡らせ始めていました。
お花なら薔薇にすずらん、ラベンダーもよいでしょう。お野菜なら人参やえんどう豆に、育てやすいと聞くじゃがいもにしましょうか。かぼちゃやりんごの種を蒔くのも面白そうです。
あれこれと想像を膨らませていましたが、ロザリー様のお声で現実に立ち返りました。
「ただし、イラ」
「はい」と私は少し身構えました。
「畑を作るのは私に任せておくれ。鍬や鋤は重くて危ないし、力の要る作業は私の方が向いているだろう」
「まあ、ありがとうございます、ロザリー様」
続けてロザリー様は私に「何を植えるつもりだい」とお尋ねになりました。私は先ほどまで考えていた草木の名前を挙げました。
「いい選択だと思うよ。ただ、薔薇は避けた方がいいだろう。棘が刺さるといけない」
「それはご心配が過ぎるのではありませんか、ロザリー様?」
苦笑まじりに申し上げると、ロザリー様は少し拗ねられたようなお口ぶりで「そうは言っても、避けられる危険は避けるべきだろう」とお答えになりました。可憐な薔薇の小さな棘を「危険」と言い切るロザリー様に、私はますますおかしくなってしまいました。