処罰
ロザリー様も私もあえて触れないようにしていましたが、やはり王城からの手紙は届いてしまいました。
冠の紋章が捺された封蝋を確認した途端、血の気が引くのがわかりました。手紙を置いてお掃除の続きに取りかかろうとしても、指が封筒に貼り付いてしまって離せませんでした。
ロザリー様がお目覚めになるまでこの手紙をどうしたらよいのでしょう。私は封筒を穴のあくほど見つめたまま、玄関ホールに立ち尽くしていました。
「イラ……、いるかい、イラ?」
ロザリー様のお声に弾かれたように顔を上げました。
「ロザリー様……!」
廊下を駆け出すと、ロザリー様はふわりと表情を緩められました。
「ああ、姿が見えなかったから心配してしまったよ」
その穏やかなご様子にも心を安らげることのできないまま、私は黙って封筒を差し出しました。ロザリー様は私の心中を察してくださったようで、眉を曇らせて私の指の間から封筒を抜き取られました。
「……書斎で読んでくるよ。夕飯の支度を頼む」
「かしこまりました、ロザリー様……」
私は重い体を台所へと運びました。このような状態では何も喉を通りそうにありませんでした。
ほとんど上の空で干した魚の身をむしったスープを作っていると、うっかり手の甲が熱い鍋に触れました。びくりと手を引いて水で冷やしましたが、赤い水ぶくれになってしまいました。
湯気を上げる料理を食卓に並べて間もなくにロザリー様がいらっしゃいました。ロザリー様は私と目を合わせて少し微笑まれました。そのお顔を見て、私は涙が滲みそうになるほど安堵しました。
食事をとりながらロザリー様は教えてくださいました。
「イラ、私たちが恐れていた最悪の結果にはならなかったよ」
「よかった……!」
改めてロザリー様の口からそのお言葉を聞き、私は胸を撫で下ろしました。
「やはり処罰は下ったけれどね。そのことについても、今話してしまった方が良いかい?」
「はい、ロザリー様。お願いいたします」
私はスプーンを置いて背筋を伸ばしました。どのようなことであれ受け入れる覚悟でした。
「それでは端的に言うよ。今の私はもう、貴族ではない。爵位を剥奪されたんだ」
その言葉の重みを量りかねて、私は首をかしげました。
「これまで私が治めているということになっていたこの森は、国王の直轄地となるそうだ」
「……はい、ロザリー様」
「どちらかというと私の名誉を失わせることが目的なのだろう。この土地には人間が住んでいるわけでも、ましてや税収があるわけでもないのだから」
「とすると……、ロザリー様はこの地を離れられるのですか?」
「いや」とロザリー様は首を横に振られました。
「そこまでは命ぜられていない。この屋敷もいつかの王から与えられたものだけれど、今更返せとも言われないだろうさ」
王が下した処罰の意味について私は考え込みました。
「それでは、ロザリー様。今後の暮らしについて何か変わることはあるのでしょうか」
「もしかしたら、君にまた苦労をさせることになってしまうかもしれないね」というのがロザリー様のお答えでした。
「魔の者の退治の契約も打ち切られてしまったから。今後、王城からの報酬は得られなくなってしまう」
私はしっかりと頷きました。そして「メイドの腕の見せ所でございますね」と自分自身を力づけるように申し上げました。
ロザリー様はくすりと笑い声を漏らされました。
「長年の貯えはあるから安心しておくれ。そのうちに香水の売上も盛り返すだろうし」
「はい、ロザリー様」
ロザリー様はそこで一度だけため息をつかれました。
「王は王城と私とのつながりを絶ってしまいたかったのかもしれないな」
王の神経質そうな眉間のしわとロザリー様を評した「胡散臭い」という言葉が憤りとともに思い出されました。
「ですが、ロザリー様は正統の王の証となるお方ではなかったのですか」
以前にロザリー様から教えていただいたことを私は確認しました。
「私のような怪しげな者に証立てられなくとも、文字と城砦がその役目を果たすという考えなのだろう」
確実に信用の置けるものだけを用いるというのはある意味では賢明なことだよ、とロザリー様は続けられました。
「記憶や口語りといった不確かな存在よりも、書物のように変化せず、万人が確認できるようなものを重んじる。これも時代の流れというものかな」
ロザリー様の口調はまるで他人事のようでした。私はそれでも納得がいかずに唇を噛みました。
「ロザリー様は悔しくはないのですか。そのような、一方的な裏切りを受けて……」
「人間の世界の名誉など、私にとって意味を持つものか。私は今まで通り人間の動きを傍観し続けるだけだよ」
冷笑とともに現れたお言葉に、私はただ「……はい」とお答えしました。