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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XI 離反
152/213

紙の壁

 やがて私がお願い申し上げた書物と、ほどなくしてロザリー様の新しい靴が届きました。

 書物が届けられたとき、その様子に思わず目を見張りました。私の腰の高さまで積み上げられた書物の柱が4本も5本も並び立ちました。まだ読んだことのない言葉に触れられる嬉しさよりも不安が先に立ってしまい、私は夕方起きていらしたロザリー様に真っ先にお尋ねいたしました。

「ロザリー様、こんなにたくさんの書物が届いてしまって……。あの、何かの間違いではないでしょうか」

「どれ、納品書があるだろう? 見せてごらん」

 ロザリー様は書物の上に置かれた一枚の紙を手に取られました。そうしてさっと目を走らせ、一度頷かれました。

「ああ、間違いない。この金額で買えるだけの書物を、と指示していたからね」

 私も改めて納品書を見せていただきました。それなりに大きな額が記されてはいましたが、書物の量と見比べると驚くほど安いものでした。


「近頃は書物もずいぶんと値を下げていると聞いているよ。……こんなに届くとは私も予想していなかったけれどね」

「これほどたくさんの書物を……、よいのですか、ロザリー様?」

 値段を確認してもなお、圧倒的な佇まいを見てはお尋ねせずにいられませんでした。ロザリー様は優しくほほえみかけてくださいました。

「ああ、もちろんさ。これらを2階へ置いてきてしまうから、夕食の支度をしていておくれ」

「かしこまりました、ロザリー様。あの、ありがとうございます」

「私もいくらかは新しい知識を身につけなければならないからね。新しい書物について君と話をするのが楽しみだよ」

 ロザリー様は紐でくくられた本の束を軽々と持ち上げて、階段の上の書庫へそれらを運んでくださいました。


「イラ、興味のある書物は早いうちに読んでおくといい」

 ロザリー様は、それから2、3日も経たない頃にそうおっしゃいました。

「はい、ロザリー様」

 私は読んでいた書物のページから顔を上げてお答えいたしました。机の角を隔てて座っていらっしゃるロザリー様が何事かを続けられそうなご様子でしたので、私は手を止めてじっと待ちました。


「……もしかしたら、王は私の処刑を望むかもしれない」

 先ほどまで読んでいた内容はすっかり掃き出されてしまいました。私は愕然とロザリー様のお顔を見つめました。

「理由があったにせよ、私が正規の王国兵を手にかけたことは揺るぎのない事実だ。反逆と受け取られても仕方のない部分はある」

 私は人形のようにぎこちなく首を横に振りました。そのようなことなど、決して許されるはずがありません。

「けれどもイラ、私とてみすみす殺されようとは思っていない。万一の処分が下れば、この屋敷も国も捨ててどこかへ逃げ延びるつもりだ」

 お屋敷を離れるという話は以前にも出ていましたが、この時はそれとは比べ物にならない切迫感がありました。私は一度だけうなずきました。

「……イラ、たとえそうなったとして、それでも君は、私について来てくれるかい」

 ロザリー様は昏さを湛えた瞳でそう尋ねられました。

「ええ、ロザリー様。もちろんでございます」

 私はようやく声に出してお返事を申し上げることができました。


「君の暮らしの安寧だけを考えるならば」とロザリー様はお話を続けられました。手のひらの下のページはかさかさに乾いてざらついていました。

「私は君の安全を誰かに託し、与えられた処罰を受け入れるべきなのだろう。処刑の方法が人間を殺すためのものであれば、もしかしたら魔の者である私は死に至らないかもしれないと、かすかな希望に縋りながらね」

 とても受け入れがたいお言葉に、私は首を振るばかりでした。

「しかし、そう考えてみても、私は生きて君の側にいたいと願ってしまうのだよ。それが他ならぬ君を苦しめることになるとわかってはいても」


 ロザリー様はどんどん口調を速められました。まるで胸の内のお言葉が勝手に溢れ出して抑えきれなくなっていらっしゃるかのようでした。

「イラ、君自身の口から言ってくれ。もうこの屋敷に、私のもとに縛り付けるのをやめろと。君自身の安息のために死を受け入れろと。イラ、君がそう言ってくれさえすれば、私、私は——」

 こらえきれずに涙が頬を転がりました。ロザリー様が怯んだように私の名を呼ばれました。

「私は、何があっても、ロザリー様のお側におります。ずっと、ずっとそう申し上げておりますのに、まだ信じてはくださらないのですか……!」

 ロザリー様は息を呑まれて、「すまない、イラ」と小さくおっしゃいました。

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