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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XI 離反
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冷たい石の部屋

「実際にあの森がそなたの言うような状況であるとして、そなたはあの晩には何人の命を奪ったのだ」

 ロザリー様は指を折って考えられ、「4、5人ほどでございましょうか。……ああ、それと馬が1頭」とお答えになりました。

「馬?」と王は聞き返しました。それから私に向かって、「イラ=エインズワース。彼の言葉に偽りはないか」と尋ねました。私は胃が握りつぶされるような緊張を感じながら口を開きました。

「はい。あの時は彼らが恐ろしくて、私は隠れておりましたが……、お父様は陛下に嘘を申し上げるようなことなど決していたしません。私はそう信じております」

 私はじっと王の返答を待ちました。耳元で自分の心臓が響いているのがわかりました。

「ふむ……。イラ=エインズワース。他に、そなたから何か言うことはあるか」

 私はすっかり縮み上がってしまってロザリー様のご様子をうかがいました。ロザリー様は私と目を合わせて、話を促すように小さく頷かれました。

「それでは、申し上げます、陛下……。彼らは突然私を脅かしたのです。王国の正規の兵だとはとても思えませんでした。お父様は私のことを守ってくださろうとしたのです。どうかご配慮を頂けますよう、お願いいたします」

 言いながらあの日の恐ろしさを思い出して体が震えるようでした。ロザリー様は反応を見せずに立っていらっしゃいました。

「そなたらの言い分は聞いた。この件に対する処遇は追って連絡する」


 話はこれで終いだ、と王は一方的に告げました。

「弁明の機会を授けて頂き、幸甚に存じます、陛下。それではお暇させていただきます」

 ロザリー様が再び深くお辞儀をして王に背を向けた時でした。王は低く言葉を漏らしました。それはごく小さな声でしたが、石造りの壁にははっきりと響きました。

「……あのような女一人、差し出してやればよかったものを」

 衝撃が部屋の空気を震わせました。私はとっさに頭を抱えてしゃがみ込みました。鼓動が外から見えるのではないかと思えるほどに胸が早鐘を打っていました。


 雷が落ちたのかと、そっと頭を上げて様子をうかがいました。先ほどの轟音が嘘のように静まり返っています。

 ロザリー様は踵を返して王をまっすぐに見上げていらっしゃいました。その視線には確かに殺意さえ込められていたと思います。部屋の脇の兵士たちは両手を槍にかけて身構えました。王は目をやや見開き気味にして、ロザリー様を不機嫌そうに見下ろしていました。その眉間のしわはますます深められていました。


 私は一変した雰囲気に怯え、立ち上がってロザリー様の背後へ身を寄せました。ふと足元に違和感を覚えて見下ろしてみると、石の床が欠けて粉を吹いていました。私はその部分を踏まないようにそっと半歩下がりました。

「陛下」

 ロザリー様の声音は冷たく冴え冴えとしていました。王は何も答えませんでした。

「今のお言葉を、先々代の御前でもう一度申し上げて頂きたいものですね」

「……下がれ、エインズワース」

「かしこまりました」

 ロザリー様は「行こう、イラ」と短くおっしゃいました。辺りを払って歩まれるロザリー様に、不安で潰されそうな心を抱えた私が続きました。

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