鋼の刃
森の緑が濃く、夏の日差しが感じられるようになった頃、私は王城からの手紙を受け取りました。冠が象られたその紋章を見るのはずいぶんと久しぶりのことでした。
その翌朝、ロザリー様は分厚い封筒を返事として出すよう私に申し付けられました。
「イラ、この間森に迷い込んできた人間どもがいただろう?」
「……ええ、ロザリー様」
私は一瞬記憶を掘り起こしてお答えしました。
「信じがたいが、奴らは本当に王国の巡邏兵だったようだ」
王国兵も堕ちたものだな、とロザリー様は冷ややかに笑われました。
「よほど悪運の強い者がいたようで、月夜の森を抜け、街へと帰り着いたらしい。昨日の手紙は先の一件について私からの説明を求めたものだったよ」
「まあ……」
「この手紙はその返事だ。君の名誉が傷付けられぬよう慎重に気を付けているつもりだから、安心しておくれ」
「そのようなことは構わないのですが……」
赤い薔薇の封蝋が捺された封筒にぎっちりと便箋が詰められていることが、手応えからわかりました。
「生き残りがいたとは誤算だったな。よもや再び来ることはないとは思うが、念のために気を付けておいで」
「かしこまりました、ロザリー様」
少しでも自分の身を守れるよう、私は外へ出る時には銀のダガーを身につけるようになりました。ロザリー様はなにかの折にそのことをご存知になり、新しく鋼のダガーを下さいました。
「イラ、純銀の刃では魔の者のほかは斬れないだろう。昼の間はこちらを持っていなさい」
鋼のダガーは純銀のものと大きさこそ同じくらいでしたが、いくぶんか軽く感じられました。握りやすいように柄が少し丸みを帯びて膨らんでいる以外はほとんど装飾もなく、刃の先端は獰猛に尖っていました。
「ただ、ゆめゆめ戦おうと考えるのではないよ。万が一の時にはこれで一瞬でも相手を怯ませて、とにかく屋敷の中へ逃げてくることだ」
「はい、ロザリー様」
現実に恐ろしい人間に遭遇した後では、ロザリー様のお言葉もいっそう重みを持って聞こえました。
銀と比べて暗く鈍い輝きを放つ鋼はこの時の荒んだ雰囲気を象徴しているように思えました。それでも幸いなことに、新しいこの刃物が人間の血を浴びることはありませんでした。