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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
XI 離反
145/213

砦の安息

 夕食の支度の際に改めてその包みを解いてみると、確かにそこにあったのはただの塊肉でした。

 私は胸を撫で下ろすと同時に、その赤い色を一目見て勝手に怯えていた自分が恥ずかしくなりました。

 塊を調理しやすい大きさに切り分けて鍋で煮込みます。鍋が具材で溢れそうになったのはいつぶりだろうとふと思いました。

 

 夕食の席で、満ち足りるまで物を食べる感覚を忘れかけていたことに気付きました。ロザリー様と二人でたっぷりと食事をとっても、鍋の中には煮込みが残っていました。加えて台所にも地下室にも生の肉がまだまだ積み重なっています。

 それらが悪くなってしまわないように、そしてその味に飽きないようにと、私は塩漬けにしたり干し肉にしたりと奮闘しました。手間もかかり、なかなかの重労働ではありましたが、それ以前の苦労に比べればずいぶんと贅沢な悩みとなりました。


 食べるものに困窮することもなくなり、暮らしは表向きには穏やかになっていきました。私は洗濯をするときのほかは外に出ないように、外へ出る時にも常に耳をそばだてるようになりました。

 あの日以来、人間の姿を見かけることはありませんでした。

 森へ足を踏み入れることのなくなった私は、ロザリー様に森の中の様子を聞かせていただけるよう、繰り返しお願いいたしました。ロザリー様は「相変わらずだよ。君の想像している通りのはずだ」とおっしゃって、時折森に咲く花を私にくださいました。その中にはもちろん、あの香り高いライラックもありました。

 私が落としてしまった籠はまだ見つからないとお聞きしていました。私はどこをどう通ってきたのかも覚えていない自分自身の迂闊さを責めるばかりでした。


 月が欠け、再び満ちる頃になりました。

「そろそろ魔の者の力が増してきているな」

 ロザリー様はご自身のお力を確かめるように軽く握りこぶしを作られました。

「それでは今夜も森へいらっしゃるのですか?」

「ああ。もしかしたらあの輩も、そろそろ亡霊になっているかもしれない」

 ひと月前の記憶が鮮やかに蘇りました。あの騒々しい日を思い出すと今なお胸の奥が凍るようでした。


「2度までもロザリー様のお手を煩わせるなんて……」

「何を言っているんだい、イラ?」

 不愉快さを込めた私の言葉に、ロザリー様は意外そうなお顔をなさいました。私はその反応に驚き、ロザリー様と私は互いに顔を見合わせました。

「ロザリー様、それはどういった意味でございますか?」

「ああ、いや……。私はかえって好都合だと思ったのだよ。あの者どもを2回も殺せるのだから、と」

 ロザリー様の口元に酷薄な笑みが浮かびました。一瞬後にはそれは幻のように消え去り、かすかな憂いの目が私をご覧になりました。

「君のその考えの方が健全なのだろうね。私の歪みに君までもがたわめられてしまわないよう、気を付けておいで」

「そんな、ロザリー様……」

「さあ、この話はここまでにしよう。つまらないことを言ってしまって悪かったね」

 ロザリー様は無理矢理にお話を打ち切られました。


 それからロザリー様が退治なさった亡霊たちの中に、あの男たちが交じっていたかについてロザリー様がおっしゃることはありませんでした。私もあえてそのことに触れようとは思わず、森の魔の者の話はそのまま宙に浮いたようになりました。

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