肉塊
翌朝になって台所へ向かってみると、ひと抱えほどもある塊が布に包まれて置いてありました。
何気なくそれをめくってみた途端、背筋に鳥肌が立ち、慌てて布をかぶせ直しました。布の中からちらりと見えたのは赤黒い血の色でした。
私はその塊からできるだけ距離を置くように、視界にも入れないようにして、朝食の支度をしました。
ロザリー様は普段とお変わりない様子でいらっしゃいました。
何をどこまでお尋ねしていいのかわからず、私は言葉少なに食事をとりました。
「昨夜はよく眠れたかい、イラ」
「はい、ロザリー様」と私は嘘をつきました。
ロザリー様は頷かれて、「すまないが、籠は見つけられなかったよ。もう少し待っていておくれ」と続けられました。
「はい。……ご面倒をおかけして申し訳ありません」
「私は君にそのような顔をしてほしいわけではないよ。ほら、笑ってみてくれないかい」
少しぽかんとしてしまいましたが、私はほとんど無理矢理に唇の端を持ち上げました。ロザリー様は私に合わせてくださるように穏やかな微笑みを浮かべられました。
その表情に安心して、私は少し口を開きやすくなりました。
「ロザリー様、今夜はずっとお屋敷にいてくださいますか?」
「すまないね、イラ」
そのお返事にみるみる心細くなりました。
「まだ月は円い。それに久しぶりの生き餌を得て魔の者も騒がしくなっていることだろう。この屋敷には何者も近寄らせないから、君は安心して部屋にいておいで」
私を不安にさせまいというお気遣いが見えるだけに、余計に寂しさが募りました。
「はい……。ロザリー様、どうか、お怪我をなさいませんよう……」
「ああ、気をつけるよ」
春の太陽が昇るのは早く、私は急いで食事を終えました。
後片付けをしようと立ち上がりかけて、台所にあった赤黒い塊を思い出しました。再び一人でそれに向き合う勇気はなく、おそるおそるロザリー様に申し上げました。
「ロザリー様……、あの、台所に……」
「見てくれたかい?」
ロザリー様は私の言葉が終わらないうちにお顔を輝かせました。
「え? ええと、少し……」
「地下室にもまだ残りが置いてある。しばらくはたっぷりと食べられるだろう。不慣れなことでだいぶ無駄を出してしまったが、それでも充分な量はあるはずだ」
私はすっかりと当惑してしまって、にこにことしていらっしゃるロザリー様にお訊きせずにはいられませんでした。
「あれは……、一体何なのですか」
「肉だよ」
ロザリー様は当たり前のことを告げるようにおっしゃいました。そうして言うべき言葉を未だに見つけられずにいる私に向かってこう続けられました。
「……ああ、安心しておくれ。馬の肉だから」
「馬の……? その、どうなさったのですか?」
事態が全く飲み込めずに、私はひたすらに質問を重ねました。
「あの輩が連れていたものだよ。森の中で亡霊どもに襲われるよりはひと思いに……と思ってね」
私を追いかける蹄といななきが脳裏をよぎりました。
「生きたまま屋敷に連れ帰ろうかとも思ったけれどね。私は馬に乗れないし、君もそうだろう?」
「はい……」
昨日はあれほどに野を駆けていた馬が、今や肉となって台所や地下室に置かれているというのは、何やら虚無感にも似た奇妙な心境を呼び起こしました。
「固かったり血の匂いが残っていたりするかもしれないけれど、食べられないこともないだろう。早速今日の夕食にでもするかい?」
このようなことを申し上げてよいのか迷いつつも、私は素直な気持ちを口にしました。
「少し……、かわいそうな気がしてしまいます。馬に罪はございませんのに……」
ロザリー様は「かわいそう?」と口の中で繰り返されて首を傾げられました。
「普段食べている牛や豚だって、罪を犯したわけではないだろう? ただ、そういうものだというだけのことだよ。あの馬も同じことさ」
そのお言葉には微小な違和感を覚えましたが、それを具体的に言葉に表すことはできず、私は何かを申し上げるのを諦めて小さく頷きました。