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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
II 街
14/213

大勢の人

 馬車で揺られているうちにすっかり日も沈み、長く続く壁が見えてきました。劇場のある街を取り囲んでいるのだとロザリー様に教えていただきました。


 門を入ってさらに石畳の道を進みます。夜になっても家々の明かりがほんのりと漏れて、街の様子が見えました。

 道行く人が増えてきました。向こうの方がひと際明るく見えます。その場所が、今晩お芝居が行われる劇場でした。


 馬車を降りて建物の中へ進みました。

 こんなに多くの人を見るのは、思えば幼い頃に王城にお仕えしていた頃以来です。私は慣れないざわざわした雰囲気に不安になり、ロザリー様の腕にすがるように掴まっていました。周りの人びとが私を見て、何事か囁き交わしているようで、足元がふらつくようにさえ感じました。

「堂々としておいで。君は今は貴族の令嬢だろう?」

 ロザリー様が私に顔を近づけておっしゃいました。私は顔が赤くなっていくのを感じながらも、言われた通りにしゃんと背を伸ばしました。

「それで良いよ。さすが私の自慢の娘だ」

 私は思わず笑ってしまいました。これまでの緊張がふわりとほぐれました。


 厚い扉をくぐると、舞台に向けて椅子がずらりと並んでいました。既に座っている人たちの会話が低く響いています。

 ロザリー様に促され、劇場のやや後ろの席に座りました。緞帳は下ろされていましたが、舞台全体が見渡せるところでした。

「ロザリー様……」

 声をひそめて呼びかけると、ロザリー様はくすりと笑って「お父様、だろう?」とおっしゃいました。

「えっ、その、お、おと……、ええっと……」

 どぎまぎしてしまい、ついに「お父様」とお呼びすることはできませんでした。

「イラ、なんだい?」

 ロザリー様は今にも声を上げてお笑いになりそうなご様子です。

「その……、いえ、この劇場にはどれくらいの人が入るのでしょう、とふと思ったのです」

 私は大変きまりの悪い思いをしながらお答えしました。

「そうだな……、千人ほどは入るのではないかな」

 千人、というのがどれほどの大人数なのかよくわかりませんでしたが、劇場の中の椅子全てに人が座っているのを想像すると、途方もない人数に思えました。


 いつの間にか、舞台の袖にひとりの人が立っていました。

「紳士淑女のみなさま!」

 その人がよく通る声で話し出しました。ざわついていた劇場は一瞬でしん、としました。

「今宵は私どもの舞台にお越しくださり、まことにありがとうございます。どうぞ最後まで、ごゆっくりお楽しみください」

 それからその人はまた舞台の裏へと消えてゆきました。

 

 張り詰めたような静寂が訪れました。観客の全員が、幕が開くのを今か今かと見つめていました。

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