メッセージ
お屋敷の自分のベッドの中で目を覚ましました。毛布はしっかりとかけられていましたが、着ていたものは黄金色のドレスのままでした。
私は慌てて身を起こし、着替えるのも忘れて部屋を飛び出しました。日はもうすっかり高くなっていました。
食堂は太陽の光を取り入れてがらんとしていました。
ロザリー様はお部屋でお休みになっているのでしょうか。邪魔をしてはいけないという気持ちと不安とがせめぎ合い、結局は不安の方が勝り、私は地下へと足を向けました。
控えめにノックをしてお返事を待ちます。ドアを隔てて近づいてくる足音が聞こえました。
「……イラ?」
そのお言葉と同時に扉が開けられました。私はロザリー様のお姿を目にして涙が出そうなほどに安堵しました。
「申し訳ありません、ロザリー様。お休みになっていたところを……」
「いや、それは構わないけれど、どうかしたのかい?」
お返事に詰まりましたが、「ただ……、お姿が見えなくて少し不安に思ってしまったのです」と正直な気持ちを申し上げました。ロザリー様は「おや」と眉を上げられました。
「君の部屋の机に書き置きをしておいたはずだけれど……、見なかったかな」
「申し訳ありません、ロザリー様。慌ててしまっていて……」
恥ずかしさにみるみる顔が紅潮するのがわかりました。
「いや、いいさ。部屋で着替えるついでにでも確認してみておくれ」
「かしこまりました」
それからロザリー様は私の頬に手を添えられました。
「まだ目が赤いけれど、少しは休めたようで何よりだよ」
昨夜の子供のような振る舞いを思い出し、私は再び赤面しました。
「そ、それではロザリー様、失礼いたします。お休みのところ、申し訳ありませんでした」
部屋に戻ると、確かに机の上には書き付けが残されていました。
——イラ 日も昇り出したようだし、私は自室に戻っているよ。今日は充分に心身を休めているように。すまないが君の着ていたドレスはそのままにしておく。私が勝手に脱がせるわけにもいかないだろうからね。寝苦しかったかもしれないが、許してくれ。 ロザリー——
手短に綴られたロザリー様の筆跡を、私は何度も読み返しました。そして机の引き出しを開けて大事にしまいました。
思い切り泣いてしまったことがきっかけとなってか、私はだんだんと立ち直っていきました。それは人間の怪我が癒えるように、出血が止まりかさぶたができてはがれ落ちていくように、長い時間をかけてのものでした。
この後にも、テイラー嬢を思い出してひとり涙を流すことは数えきれないほどありました。その場所はさんさんと日が射し込む台所であったり、考え事の浮かぶベッドの中であったりしました。
死別の痛みが引いてもなお私の心には傷痕が残り、それはやがて、もとから自分の内にあったもののようにさえ思えるほどとなりました。
こうしてテイラー嬢のことを書いている今も、ちくりと針を刺されたような寂しさを感じます。けれども彼女が死んでしまったことの辛さよりも、彼女と共にいた時間の楽しさが記憶の多くを占めるようになりましたから、私はこの傷痕を愛おしみ、彼女のことや自分の気持ちをしっかりと書き残しておこうと決めたのです。
アリス。アリス。彼女の名はアリスというのでした。今、突然思い出しました。アリス。どうして今まで忘れていたのでしょう。
アリス……。ごめんなさい。こんなにも大切なあなたの名前を今まで忘れてしまっていて。ごめんなさい。あなたのご主人に伝言を伝えることができなくて。
私は今も、あの時と同じようにロザリー様と2人で暮らしています。そう、私が養女ではなくロザリー様にお仕えするただのメイドであったことも、伝えられないままでしたね。このことも謝らなければなりません。
アリス、私はあなたのことをかけがえのない友人だと思っています。あなたも同じように思ってくれていたのなら幸せです。
今にも涙がこぼれそうです。今日はもう、書くのはここまでにしておきます。