生と死の理由
テイラー嬢の部屋を出た後も、よほど心細げな顔をしていたのでしょう。テイラー嬢の息子が心配そうに見送ってくれました。
ロザリー様は仕立屋を出る時に「イラ」と優しく私の名を呼ばれた後は、馬車の中でもただお静かにしていらっしゃいました。
座席から伝わる感覚が柔らかくなり、森へ入ったのが知れました。私は小さく「ロザリー様」とお呼びしました。
「なんだい、イラ」
「人はなぜ……、死んでしまうのでしょう」
ロザリー様は「私も何度となく考えてきたことだけれど、未だにわからないな」とお答えになりました。
「ただ、人間にとっては老いて死ぬのが自然なことのようだ。だからむしろ、こう考えてみるべきなのかもしれないね。……私たちはなぜ生きながらえてしまうのか、と」
「なぜ、生きながらえて……」
私はそのお言葉を繰り返しました。それからふとテイラー嬢と約束したことが頭をよぎりました。
「彼女から頼まれたことがあるのです」
「それは、私が聞いてもよいことなのかな」
遠慮がちなお言葉に、私は小さく首を縦に振りました。
「彼女の夫が帰ってきた時には……、言伝をしてほしいと。彼女がずっと待っていたことを伝えてほしいと言われました」
黙って聞いていらっしゃるロザリー様に、私はお尋ねいたしました。
「私たちの役目は、人間の……、失われていく人間の言葉を後の人間へ伝えることなのでしょうか。ロザリー様が王族の血統の証人となり、私が仕立屋の伝言を保つように、死にゆく人間の言葉を覚え伝えることが、私たちが生きながらえる意味なのでしょうか」
ロザリー様は静かに首を横に振られました。
「イラ、人間のことごとにあまり心を乱されないようにしておいで。いちいち気にかけていては君の心が保たない」
私を気遣っておっしゃってくださったのだと理解はできても、そのお言葉はあまりに冷徹に聞こえました。
「ロザリー様。私は、それでも……、約束を果たしとうございます」
「……君がそう言うのならば、私はこのことについてもう何も言わないよ」
馬車を降りてお屋敷へ入ると、ロザリー様が私の名をお呼びになりました。
私がお返事を申し上げるよりも早く、ロザリー様は私を背後から捕まえました。右腕だけで私を抱き寄せ、後ろに傾いた私をそのお体で受け止めてくださっています。
「イラ、覚えておいで」
ロザリー様が私の耳元に唇を近づけ、低くおっしゃいました。その吐息は私の髪を震わせるようでした。
「人間は儚く、君を置いて死にゆく存在だ。君の生きるであろう何百年という年月を君と共に過ごすことができるのは、ただひとり、私だけなのだよ」
そう告げられた後は、ロザリー様は額を私の頭に押し当ててじっとしていらっしゃいました。温度のない呼吸が私の首筋から肌を滑っていきました。
「……ええ、承知しております、ロザリー様」
私は自分の本心を噛みしめるようにお返事申し上げました。
「それなら、いいんだ」
ロザリー様はそっと腕をほどかれました。