胸の内
それからも私はテイラー嬢とお喋りをしに仕立屋へ行き、テイラー嬢は寂しさを紛らわせるために刺繍をしたハンカチを私へ送ってくれました。
しかし、彼女の夫は帰ってくる気配も見せないまま、ただ時だけが過ぎていきました。
「向こうへ行って以来、何の便りもないんです。……元気にしているかしら」
遠い目をする彼女に、私は「きっと……、きっともうすぐ帰ってくるはずです」と根拠もない励ましをするほかありませんでした。
その度に彼女は「そうですよね……」と無理に私に笑いかけるので、嘘を付いているような心苦しさが募るばかりとなりました。
時が経ってもテイラー嬢の夫は帰らず、やがてテイラー嬢は店を息子に譲り渡しました。
彼女の息子は仕立屋の常連だったというよく笑うおしゃれな娘を娶りました。
切り盛りする人は変わっても、この店は変わらずに街で続いていくようでした。
テイラー嬢は部屋にこもり、窓辺で静かに作業をしていることが多くなりました。
寂しさからか彼女は急に老け込んでしまったようで、昼間でも椅子に座ってうとうとしている時間が長くなってきていると聞きました。
「イラ様、ごめんなさいね」
ある日、テイラー嬢は突然私にそう言いました。
「どうしたのですか?」
驚いて尋ねると、彼女は眉をひそめ、視線を私からそらしました。
「私はイラ様を妬んでしまいました。私は年老いていくばかりなのに、イラ様はいつまでも若く、おきれいなままで……。あの頃は、ほとんど私たちの見た目も変わらなかったのに、私だけが……と」
深く胸を刺されたようでした。ごめんなさい、と言うのも奇妙に思え、私は言うべき言葉を探し出せないままに半ば口を開けていました。
テイラー嬢は「今はもう、諦めがついているんです。それに、イラ様にはイラ様にしかおわかりにならない苦しみがあるでしょうことも、わかっているんです」と私をまっすぐに見て訴えかけました。その瞳から、一筋だけ涙が流れ出しました。
私は彼女の名前を呼びました。それでも、その後になんと続ければ良いのかはわかりませんでした。
「私は、もう自分が長くはないことは知っています」
しわをなぞる涙を拭って、テイラー嬢は微笑を浮かべました。
「そんな……!」
先ほどの謝罪を聞いたときよりも焦ってしまい、私はひたすらに首を横に振りました。
「次にお会いできるかどうかもわかりませんし、謝っておかなくちゃって思ったんです。……謝って、自分が楽になりたかった。ごめんなさいね、イラ様」
「そのようなことを言わないでください。これからもずっと、街での色々なことを聞かせてください。一緒にお喋りをさせてください」
ごめんなさいと彼女が言うたびに彼女の体から命が抜けていくようで、私は懸命に頼みました。
「ええ、イラ様、私が生きている限りはこうしてお喋りをしましょうね。最近は外へ出ることもなくなってしまったから、面白いお話をお聞かせできるかはわかりませんけど」
テイラー嬢は子供に言い聞かせるように言いました。私は目元が熱くなるのをこらえて、強く頷きました。
「ねえイラ様、ひとつだけお願いしてもいいですか?」
「はい。私にできることなら、なんだって」
もう一度こくりと頷くと、テイラー嬢は安心したように笑いました。
「もし夫が帰ってきたら、伝えてもらえませんか。私がずっとずっと、あの人のことを待っていたこと」
胸がひんやりとして、その頼みに頷くことはできませんでした。
「そんな……。そのようなことは、どうか、ご自身で言ってください」
「ええ、そのつもりですよ。でもね、もしものこともあるでしょう。その時にはイラ様、お願いしますね」
悩み抜いた末、テイラー嬢の視線に圧されるようにしてようやく私は「はい」と答えました。