貴族
またひとしきり喋った後、テイラー嬢は私に話題を向けました。
「エインズワース様にはそのようなお話は来ていません?」
私は少し考えて答えました。
「ええ。王城からは別の仕事を頼まれていて……」
「……やっぱり貴族の方々は、こういう時にも危険なことからは離れていられるものなんですね」
彼女には珍しい、暗く苦々しい口調にずきりと胸が痛みました。
「他の貴族がどうかは知りませんが、お父様は吸血鬼ですから……、きっと、そのことも関係しているのだと思います」
私は思わず弁解をしていました。テイラー嬢ははっと私を見て、「そうでしたね。……ごめんなさい」と首を振りました。
「仕立ての依頼と、あの人が兵士になったのとでお金こそ入ってきましたけど。そんなもの全部返したって構わないから、あの人に帰ってきてほしいわ」
どうせお金があったところで、これまで普通に手に入った野菜一束すら買えないんですから、とため息まじりに続いたテイラー嬢の言葉に、私は深く頷きました。
「あら、イラ様の所もそうなんですか?」
意外そうな言葉に、私も最近の不満を打ち明けました。
「ええ。届く食べ物がみんな小さく質の悪いものになってしまって……。毎日頭を悩ませています」
「なんだ、うちだけじゃなかったんですね」
テイラー嬢はほっと安心したような表情を見せました。
それから私たちは、日々のお料理の話に花を咲かせました。あえて野菜を大きめに切って固めに仕上げたり、麦のお粥を煮込みながら潰してとろみを出したりと、少ない食材でも食べ応えを出す方法を色々と教えてもらいました。
それからじゃがいもという作物についても、この時初めて知りました。
気がつけば日はとっぷりと暮れていました。
「ああ、話したらすっきりしました。イラ様、色々と聞いてくれてありがとうございます」
テイラー嬢は最初と比べるとずいぶんとさっぱりとした笑顔で言いました。
「気晴らしになったようで、私も嬉しいです。どうか、お元気で」
「息子にはやっぱり弱音を吐きにくいものですから。イラ様がいらしてくださって、本当によかった」
彼女は座ったまま背中を伸ばして、明るい声で続けました。
「イラ様、話に付き合わせてしまったお礼と言ってはなんですけど、今度ハンカチでもお送りしますね。おっしゃってた通り、私はなにか手を動かさないとだめみたい」
「まあ、ありがとうございます」
「それじゃあ、エインズワース様にもご挨拶をしないといけませんし、一緒に行きましょう」
私たちは椅子を立って部屋を出ました。
「いらっしゃいませ、エインズワース様」
テイラー嬢がロザリー様に話しかけると、彼女の息子は安堵の表情を浮かべました。
「やあ、イラが世話になったね」
「いいえ、私の方こそいっぱい話を聞いてもらっちゃって。でもおかげで、ずいぶんすっきりしました」
ロザリー様は「それならよかった。それでは今日はこれで失礼するよ」と笑顔を見せられました。
「じゃあイラ様、またいつでも顔を見せに来てください。今度は夫もいるといいんですけど」
「イラ様、エインズワース様、本当にありがとうございました。母さんが元気になったみたいで、本当によかった」
テイラー嬢とその息子に見送られ、私たちは仕立屋を後にしました。
しばらく後に、仕立屋からハンカチが送られてきました。ふんわりとした糸で隙間なくライラックの刺繍がされていて、隅にはレースとタッセルが付いていました。
あの窓辺に座って繊細な刺繍を施しているテイラー嬢を想像すると、胸に感傷がこみあげてきました。
手や鼻を拭くのに使ってしまうにはあまりにも勿体なくて、私はそのハンカチに香水を落としては持ち歩いて楽しみました。