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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
X 人間のいのち
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彼女の不安

 不安を抱えたまま、返事に書いた日はやってきました。街へ向かっている間にも馬車を急かしたい思いでいっぱいでした。

 お店の前にはテイラー嬢の息子が立って、ロザリー様と私が着くのを待っていました。

「ありがとうございます、来てくださって。そうだ、とりあえず中へ……」

 ロザリー様の厚いローブの隙を刺そうとする日光から逃げるように仕立屋の中へ入りました。


 テイラー嬢がお店の中にいるかという予想は裏切られ、店の中はがらんとしていました。

「実は……」

 テイラー嬢の息子は立ったまま話し始めました。

「お城からの依頼を終えてすぐ、父さんが兵士として取られてしまったんです。遠征隊に少しでも人手が必要だからって。母さんがそれですっかり落ち込んで……」

 彼は眉を寄せて首を横に振りました。それから懇願する目でまっすぐに私を見据えました。

「イラ様とお話ができれば、母さんもちょっとは気が晴れるんじゃないかと思って。……突然手紙を出してしまって、すみません。でも、よかったら母さんと話していってくれませんか」

 私は驚いてしまって、答えを求めようとロザリー様を見上げました。私と話をする程度で彼女の心は慰められるものなのでしょうか。

「それで力になれるのなら是非もないさ。いいね、イラ?」

 ロザリー様は迷いなくお答えになりました。そのお言葉に応えなければと思い、私は憂いを隠してしっかりと頷きました。

「ええ、もちろんでございます」


 気落ちしているというテイラー嬢への心配と、本当に私でよいのだろうかという不安と、ロザリー様やテイラー嬢の息子から託された責任とがないまぜになった気分に押しつぶされそうになりながら、私はテイラー嬢がいるという部屋の扉を開けました。

「こんにちは……」

 西陽の射し込む窓辺にテイラー嬢が座っているのが見えました。彼女は外にじっと目をやっていましたが、私の声に気付くとこちらへ顔を向けました。

「あら、イラ様。こんな所にまで来てくださったのですね」

 テイラー嬢は口元に小さなしわを作ってほほえみました。快活な頬と丸みのある体はすっかり痩せてしまっていました。

「ええ。少し、お話がしたくて」

「それなら何か飲み物でも持ってきましょう。いつもの通り、大したものは出せませんけど。イラ様は近くの椅子にでも座っていてください」

 椅子からよいしょ、と立ち上がってテイラー嬢は部屋を出て行きました。

 窓に近づいて彼女が眺めていた外の景色を見ると、細く曲がった道に家やお店が立ち並び、視界はすぐに建物に遮られました。


 扉のきしむ音がして、テイラー嬢が入ってきました。

「お待たせいたしました」

 私はカップを受け取って、彼女が座っていた椅子に向かい合う形で座りました。彼女が腰を下ろしてから、私は尋ねました。

「先ほどは、何を見ていたのですか?」

 テイラー嬢は再び窓の外に寂しげな笑みを向けました。

「あの人が……今にも帰ってくるんじゃないかって。待ってたんです」

 私はいきなり無遠慮なことを訊いてしまったことが恥ずかしくなりました。何かしら言おうと口を開く前に、テイラー嬢は丸い目で私に向き直りました。

「聞いてくださいよ、イラ様。お城の人たちったら、旗や馬具を納めたらこっちがどうなろうが知ったことじゃないみたいで、あっさりあの人を連れてっちゃったんですよ。名前も知らない遠い所に行かされて……」

 テイラー嬢はこぶしを握りしめました。


 私が返事をする間もなく、彼女は堰を切ったように話し出しました。

「結婚してわかったんですけどね、あの人って体は大きいのに争いごとはてんでだめで。兵士として連れてったって、役に立ちませんよ。それなのに最後には乗り気になって、『向こうに国を打ち立てたら、誰よりも先に、お前の作った旗を掲げるよ』なんて言っちゃうんだから」

 そう言われたときを思い出したのか、テイラー嬢の顔はふと緩みました。

「私もあの人を守ってくれるよう、一生懸命に服やお守りを作りましたよ。それを見て私のことを思い出してもらいたいですしね。……でも、ばかねえ、私ったら。あの人を思い出せるものは何ももらわずに送り出しちゃったわ。あの人も気が回らないんだから」

 帰ってきたら怒ってやるんだから、とテイラー嬢はつぶやきました。その言葉には必死な祈りが込められているようでした。


「いつ帰ってくるかもわからないんですけど、どうしても気が気じゃなくて、こうして外を見ちゃうんですよね。息子にもほとんど店を任せられるようになりましたし」

「あの……」

 この街ではないどこか遠くを見る彼女の目が悲しく、私は思わず呼びかけていました。彼女の視線はこちらに向けられた後に、私を見る近さへ戻ってきました。

「私では、気持ちを察することしかできませんが……。なにか手を動かして、気を紛らわせるのはどうでしょうか。ただ待っているだけでは……、辛いでしょう」

「ええ、本当に。人前に出られるような気持ちではないけれど、父さんみたいに仕立てだけでもやっていようかしら」

 テイラー嬢から少し前向きな言葉が聞けて、ほっとする思いでした。

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