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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
X 人間のいのち
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暗雲

 あの時代、人間の街はつねに厚い雲に覆われているようでした。疫病が通り過ぎた直後の陰鬱な雰囲気とはまた違った、今にも雷が落ちてきそうな、とげとげしい余裕のなさが感じられました。


 仕立屋の人々はそれでも朗らかさを失ってはいませんでしたが、生活や仕事にさまざまな不自由を抱えているようでした。

「お城からの依頼の報酬で、いくらかのお金はもらったんですけどねえ。お金があったって買えるものがないんですよ」

 テイラー嬢は毛織りや麻の生地を広げながら言いました。以前と比べると種類は少なく、色味も淡いものが中心になっていました。

「布だって最近はなかなかいいものが手に入りにくくって。早く元みたいにたっぷりの絹を使えるようにならないかしら」

「私は動きやすい服も好きですよ。素敵な服を着ると、働くのももっと楽しく思えますから」

 この頃にはもう、テイラー嬢にお屋敷の中の炊事や掃除、洗濯といった仕事を私が行っていることは話していました。

 ただ、私がロザリー様の養女ではないことは最後まで打ち明けられませんでした。なんとしても隠し通そうとしていたわけではないのですが、言うきっかけがつかめなかったのです。

「そう言っていただけるなら、こんな生地でも素敵な服を作らなくっちゃいけませんね」

 テイラー嬢は表情を明るく切り替えて、「じゃあイラ様、これはどうですか?」と蒲公英のように黄色く染めた生地を見せてくれました。


 仕事着として作ってもらったワンピースは肘から先の袖が細くぴったりとしていて、腕を動かしやすいつくりでした。共に届けられたエプロンは簡素でしたが、裾にあしらわれたフリルのおかげでぐっと可愛らしいものになっていました。

 麻や毛織りの服は、はじめこそちくちくするように感じましたが、丈夫なのが気に入ってその後も日常の中で繰り返し着ていました。


 春が過ぎ、太陽の長い季節になると、ロザリー様と私は仕立屋を訪れることもなくなり、お屋敷の中にこもるようにして短い夜を大切に過ごしました。

 木の葉が地面を金色に彩る頃になっても、抑圧的な雰囲気のせいか、なんとなく街へ出かけることはないままでした。


——すみませんが、近いうちに一度、お店に来てもらえませんか——

 テイラー嬢の息子の署名が付された手紙を受け取ったのは、そんな秋の日のことでした。

 ロザリー様はすぐに仕立屋を訪れる日を決め、返事をお出しになりました。

「……あのお店に、なにかあったのでしょうか」

「どうだろうね。悪いことでなければよいのだけれど」

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