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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
X 人間のいのち
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翳り

 街から離れた静かなお屋敷で暮らしていたため、テイラー嬢から聞いた王国の兵士や街の事情は、私には関係のない、どこか遠い世界の話のように思えていました。

 しかし、寄せ集めの兵士たちは国を歪ませはじめ、その影響は森の奥深くのお屋敷に暮らすロザリー様や私にまで及ぶこととなったのです。


 今思い返せば、はじまりは、お屋敷に届く食べ物の質が落ちていることへの気付きでした。

 野菜や果物は小振りで味も薄くなっていました。お肉も筋張ったものが少量届くだけになり、私は毎日料理の仕方に頭を悩ませました。

 出入りの商人にわけを尋ねてみたところ、農村から男手がいなくなり、世話が行き届いていないとのことでした。

 ロザリー様においしいものを召し上がっていただけないのは心苦しいばかりでした。

「そのうち再び良いものが手に入るようになるさ。気にするのはおやめ」

 ロザリー様はそうおっしゃって、いつもとほとんど変わらないご様子でお食事をされていました。

 それでも私は諦めることができず、少しでも味を良くしようと、日々台所にこもっては時間や手間をかけていました。


 台所だけでなく、ロザリー様のお仕事にも次第に支障が出るようになりました。

「最近、香水があまり売れなくなってきているようなんだ」

 ロザリー様は小さなため息をつき、それでも気落ちした様子は微塵も見せずにおっしゃいました。

「まあ……」

「まだ大丈夫かと思っていたが、飽きられてきたかな……。人間の時間は早いものだ」

 新たな香水を作ってみるよ、とロザリー様はおっしゃいました。明け方まで調香室にこもられていることが多くなり、私は毎朝ロザリー様を呼びに伺うこととなりました。

 ロザリー様が新しく作られた香水は、すみれの香りが軽やかに香るものでした。野の花そのものというよりは、砂糖漬けにしたような、蜂蜜に浮かべたような甘い印象に自然と顔がほころぶようです。

 その後には香りは儚く消えていき、幸せな夢から覚めたときのような余韻が残りました。


 この香水は比類なく素晴らしいものだと私は信じているのですが、当時の街は、香水を求めるほどの余裕さえなかったのでしょう。売れ行きは芳しいものではなかったようです。

「街に活気がなくなっていてね。こういう時にこそ、心を晴れやかにしてほしいのだけれど」とロザリー様はハーブを入れたお茶を召し上がりながらおっしゃいました。

「私に……、お手伝いできることはございますか」

 私自身が何も知らず無力であることはひしひしと感じていましたが、そうお訊きせずにはいられませんでした。

 ロザリー様は少し首を傾げられて、「いや、特別なことはないよ。今はただ、時が過ぎるのを待とう」とお答えになりました。

「王との契約もあるし、少しばかり売れ行きが鈍ったところで暮らしが傾くわけでもない。このことで君に不自由はさせないよ」


 私の心配はむしろロザリー様が気落ちなさっているのではないかということにありました。けれどもロザリー様がそのようなご様子を見せてはいらっしゃらなかったので、私も努めて気にしすぎないように、心配しすぎないようにしていました。

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