薔薇のドレス
やがて届いたドレスは、袖やスカートに細かな刺繍を施した手の込んだものでした。刺繍の糸は生地と同じような光沢のある白色で、遠目には無地のように見えますが、光が当たると繊細な白ばらが浮かび上がります。身動きするたびに現れては消える白ばらは、数えてみようとしても数えきれるものではありませんでした。
おぼろげな白ばらの園の中に、鮮やかな赤ばらも咲いていました。厚手の生地で作られたコサージュが、左胸や両の手首、ヘッドドレスを飾ります。
赤ばらのコサージュに薔薇の香水を吹きかけたら、どんなに素敵なことでしょう。ロザリー様にご相談しようと、私は胸を弾ませました。
「よく似合っているよ、イラ」
ロザリー様のお言葉に新鮮に心がときめきます。
「ロザリー様、実はお願いが——」
なおも近づいていらっしゃるロザリー様にどきりとして言葉が止まりました。
「薔薇の花か。これは……」
ロザリー様は私のヘッドドレスに触れられました。コサージュの花びらを軽くつままれているようで、髪にかすかな感触が伝わってきます。顔を上げることもできず、私はくすぐったいような思いをしながらうつむいていました。
頭上でロザリー様の笑い声がしました。
「ああ、なるほど」
「あの、何か……」
わずかな不安を覚えてお尋ねすると、ロザリー様は「この……」とおっしゃいかけて、指先を私の左胸のコサージュへと移されました。
「このコサージュは、あの時店にあった、赤い布で作られているね」
胸元を見下ろしてみると、確かに赤ばらは仕立屋にあふれていた、旗や馬具に使われるという生地と同じ風合いを持つようでした。
「彼女は王城からの依頼を面倒に思っていたようだし、ささやかに反抗してみたくなったのかな」
横流しされた生地で作られたコサージュは、私にはどちらかといえば私たちに対する口止めのように思えました。
——このドレスを受け取ったからには共犯者ですよ、イラ様——
そう言って笑うテイラー嬢の姿が見えるようで、私はくすりとしました。
「……おや、その顔は、私の知らない何かを知っているね、イラ」
表情を探るように私を見ていらっしゃるロザリー様へちらりと視線を上げて、私はお答え申し上げました。
「申し訳ありませんが、秘密でございます、ロザリー様」
コサージュが人目にふれることでテイラーに迷惑がかかってはいけないため、薔薇のドレスは街へ着ていくことはできませんでした。
けれどもお屋敷の中でロザリー様にお見せするためだけに着飾って、お話をしたりお茶を飲んだりすることはありました。
ロザリー様は私のお願いを聞いてくださり、薔薇の香水を下さいました。思った通りに、香りをまとった赤ばらはひときわ生き生きとするようでした。
春から夏にかけては、ロザリー様はどこからか薔薇の花を手に入れてきてくださいました。髪や胸元に生花を飾る時には香水は付けず、花そのもののほのかな香りとしっとりした質感を楽しみました。