血塗られた香水
王は精力的に外海へ民を送り出していたそうです。航海やそれに続く領土拡大は成功を収め、これまで手に入りにくかった香辛料の類も値段が下がったようでした。
「ごらん、イラ。侵略と支配の結晶だ」
ロザリー様は異国の香木をふんだんに使った香水の瓶を指先でつまみ上げておっしゃいました。その唇には皮肉めいた笑みが浮かんでいました。
「新しい香水……、でございますか?」
「ああ。人間の諍いなど私には関係がないことだと思っていたけれど、こうして香料を扱うことでつながりができてしまう。この香水の原料が得られるまでには、どれほどの血が流されたことか……」
ロザリー様は瓶の中の少量の液体を見つめられ、「まあ、いい」と香水瓶を机の上に戻されました。
「香水に限らず、私たちは常に夥しい血と屍の上に暮らしているようなものさ。死体の上に土を踏み固め、骨を壁に塗り籠めて。これまでもこの先も、ただ、素知らぬ顔をして過ごすだけだ」
石の床を隔てて、土の中の死人がこちらへ手を伸ばしている想像をしてしまい、私はもぞもぞと足を動かしました。ロザリー様はそんな私に気付いておっしゃいました。
「イラ、このようなことを君に伝えておきながら言うことではないけれども、君が気にすることは何一つないのだよ。気に病んだところで、何かが変えられるわけでもない」
「はい、ロザリー様」
私はそうお答えしましたが、その後にロザリー様が続けられたのを聞き漏らしはしませんでした。
「……私たちはどこに移り住んだところで、血をたっぷりと吸った大地からは逃れられず、他者の犠牲と無縁ではいられないのだから」
誰へ向けるともなく発せられたそのお言葉はずしりと重く、ロザリー様の机の上の香水瓶の中には甘い香りとともに断末魔が押し込められているようにさえ感じられました。
「イラ」
名を呼ばれて、私は呪われたような小さな香水瓶から目をはがしました。
「君は……、君だけは地に伏す屍となることのないよう、私の力が及ぶ限り守ってみせよう。だからどうか、安心しておくれ」
「ええ、ロザリー様……。ありがとうございます」
ロザリー様は私に優しい笑顔を向けてくださいましたが、遣りどころのない怯えと不安をぬぐい去ることはできませんでした。
それでも普段通りの生活を何日か続けていくうちに、自分が血塗られた地面の上に暮らしていること、異国の香料や食物がお屋敷に届くようになるまでに多くの犠牲が払われたことは、意識の遠い彼方へ追いやられてしまいました。