継承
テイラー嬢の息子が成長する一方で、テイラー夫人はだんだんと老いて小柄になっていくようでした。
お店はすっかりテイラー嬢が切り盛りするようになっていて、テイラー夫人は奥の部屋でゆっくりと針仕事をしていることが多くなりました。
「あの子はそそっかしいところがあるから心配だけれど、なんとかなっているみたいで良かったわ」
テイラー夫人は穏やかに微笑みました。
「かわいい孫も育っているし、ひと安心といったところね」
テイラー嬢の息子は今は生地の買付けに付いて行っているとのことでした。テイラー夫人は彼を思いやって慈愛の表情を浮かべました。
私はそのような安らいだ顔を見るのは初めてで、思わずテイラー夫人をまじまじと見つめてしまいました。
「……お嬢様?」
「ああ、すみません。血の繋がった親や家族というものが、私にはあまり馴染みがなくて……」
テイラー夫人は私の返答に、はっと寂しそうに目を伏せました。
「ごめんなさい、無神経なことを言ってしまいましたね。お嬢様は……」
「いいえ、寂しいとか悲しいというわけではないのです。お父様は私にとてもよくしてくださっていますから。……ただ、純粋に不思議なのです。私があの子を可愛いと思うのと、テイラー夫人が可愛いと思うのとは、また違った感情なのですね」
素直な気持ちを伝えると、テイラー夫人は心配そうにひそめていた眉をほっと下げました。
「ええ。血を分けた娘が大きくなって、さらに子供を産んでくれたんですもの。本当に愛しくて可愛くて」
テイラー夫人の姿を見て、以前ロザリー様がおっしゃっていた「人間としての幸せ」が初めて具体的なものとして心に迫ってきました。ロザリー様と2人きりで永い時間を生きることへの後悔はありませんでしたが、この時のテイラー夫人の満ち足りた表情は少しばかり羨ましく思えました。
ロザリー様に申し上げることなど決してできませんが、今でも時々、自分の子を産み育てるのはどれほど大変で幸せなことだろう、と考えてみることがあります。
そして、時が経つのは幸せなばかりではないと知ったのも、仕立屋の人々がいてのことでした。
そのことを最初に私に教えたのは、仕立屋の主人、つまりテイラー夫人の夫の死でした。
秋雨の晩に眠るように息を引き取ったと、テイラー夫人は私に話しました。
「本当にねえ、誰にも気付かれたくないみたいに、静かに静かに逝ってしまったの……」
そう語る様子はずっと弱々しく見えました。
「私も近いうちに、あの人のもとへ行くことになるでしょうね」
「そんな……、そんなこと、言わないでください」
寂しさに打たれて必死に言うと、テイラー夫人は何も答えずに笑いました。
テイラー夫人は自分で言った言葉の通りに、その年の春を待たずに帰らぬ人ととなりました。
ロザリー様と私はその報せを、一通の手紙で受け取りました。
次に仕立屋を訪れたとき、テイラー嬢は存外にさっぱりとした様子でいました。
「そりゃあもちろん、しばらくは何も手に付きませんでしたよ。昨日まで寝ていたベッドが突然空になっちゃって、私を叱る声もぱったり聞こえなくなっちゃったんですもの。……でも、お店のこともあるしいつまでもくよくよしてられませんから」
「……気丈なのですね」
ぽつりと漏らすと、テイラー嬢はそれを聞きつけて笑顔を見せました。
「私には夫も子供もいますからね。父さんや母さんがそうだったように、家族で支え合ってなんとかやっていくんです」
お店や技術や気性といったものが何人もの人間を経てテイラーの家に受け継がれてきたことを思うと、目の前のテイラー嬢がとてもまぶしく感じられました。