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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
X 人間のいのち
120/213

芽吹き

 永い命を得た後も、ロザリー様との日々は変わるところはありませんでした。森の奥深くのお屋敷では、季節はぐるぐると同じところをひたすらに回っているように思えました。

 ロザリー様と私は息をひそめるように静かに暮らしていました。ロザリー様は時折血を求めてお屋敷を出られ、私に街の様子を教えてくださいました。


 頻度は下がりましたが、テイラーの仕立屋にも連れて行っていただきました。ドレスのほかに、動きやすい長衣や街娘の間での流行りの衣服を作ってもらうこともありました。

 もう体型が変わることもなく、採寸の必要もありませんでしたから、街の空気に触れてお喋りをするのがほとんど目的となっていたようにも思います。

 テイラー夫人やテイラー嬢は、人間でありながら人間の寿命とは切り離された私を見て不思議がっていましたが、「魔の者と暮らしていると、こういうこともあるようだね」とごまかすロザリー様のお言葉を受け入れてくれました。


「イラ、気を付けなさい。彼女たちとあまり親しくしすぎないように」

 ロザリー様はある日、私にそう告げられました。

「なぜですか、ロザリー様」

 私は驚いて問い質しました。ロザリー様はためらいがちにお答えになりました。

「別れが辛くなるからだよ。特にあの娘と君とは、これから距離が遠のいていくばかりだ」

「そんなことは……」

 テイラー嬢の快活な笑顔と声を思い浮かべ、私は首を横に振りました。

「イラ。君はまだ実感できていないかもしれないけれどね。人間は老いて死ぬ存在だ。どれだけ親しくしていたところで、最後には君を置いて逝ってしまう」

 私は何も言えずにうつむきました。

「仕立屋に行くなとは言わないさ。君に私以外の話し相手もいた方がよいことも確かだからね。けれど、覚えておいで。君はもう、人間とは違う時間を生きる存在なんだ」

 そのお言葉を忘れていたわけではありませんが、テイラー夫人とテイラー嬢とお喋りをし、テイラー嬢の息子の成長を見る賑やかな時間は、やはりとても楽しいものでした。


 テイラー嬢の息子はやがて、仕立屋の仕事を手伝うようになりました。

「イラ様、これどうぞ」

 彼は初めて自分で作ったという巾着袋をくれました。

「まあ、ありがとうございます」

 縫い目は少し波打っていましたが、ほつれないように丁寧に縫われていて、一生懸命に作られたことがわかりました。

「もう、そんなものお渡しして、恥ずかしいじゃないの」

 テイラー嬢はちょっと咎めるような声を出しましたが、男の子はいたずらっぽい照れ笑いを浮かべるだけでした。


 彼は器用で、みるみるうちに腕を上げていきました。

 テイラー嬢は「あの人みたいにたくましい男性に育てようと思ってたのに」と言いながらも、自慢げに息子の作品を見せてくれました。


 彼の初めての作品の巾着袋は、裁縫道具を入れるために長い間使っていましたが、最後には布が擦り切れてしまいました。

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