分不相応
そろそろ皿を並べようかという頃にロザリー様がいらっしゃいました。いつもよりお早いお目覚めでしたので驚いていると、
「おや、イラのドレス姿を楽しみに早起きしたのに、まだ着ていなかったのかい? あとは私がやっておくから、イラは着替えておいで」
とおっしゃいました。
私は驚いてお断り申し上げましたが、ロザリー様は「私を見くびってもらっては困るよ。イラが来てくれる前は屋敷の中のこともひとりでこなしていたのだからね。後は配膳だけのようだし、さあ」と聞き入れてはくださいませんでした。
自室に戻り、意を決して大きな箱を開けると、淡い緑色が目に飛び込んできました。
手の中をするりと滑り落ちてしまいそうなほど滑らかな生地のドレスのほか、透かし模様の入った白く長い手袋、ドレスと合わせた緑色をした華奢な靴もありました。
ドレスの下からは紐のついたコルセットも出てきました。
これまで読んでいた作法の教本に服装についても書かれていたので、手間取りながらではありましたがなんとか着ることができました。
ドレスは腰を細く締め、その下から幾重にも重ねられた生地がふんわりと広がるものでした。裾には花の飾りがあしらわれています。動こうとするとドレス全体が揺られて引っぱられるような感じがします。
靴を履くと、きゅっと爪先が押し込められました。このような靴を履くのは初めてで、私はゆっくりゆっくりと歩きました。壁などを伝っていないと、転んでしまいそうで不安でした。
ふと部屋の隅の姿見に目をやると、そこにはドレスに着られている、といった風情のちっぽけな娘がいました。
このような様子でロザリー様にお会いするのは大層気後れがしましたが、これ以上お待たせするわけにもいきません。少しずつ歩いて部屋を出ると、すぐそこの廊下にロザリー様が立っていらっしゃいました。
「やあ、イラ。迎えにきたよ」
私はびっくりして立ち止まってしまいました。
「ロザリー様! お待たせして申し訳ございません」
「全くそんなことはないさ。ああ、思った通りよく似合っている」
「そんな……」
先ほどの姿見に映った自分の様子を思い出し、私はうつむきました。
「ほら、胸を張りなさい。足は痛くないかい? 食堂まで、私の腕に掴まっておいで」
ロザリー様にエスコートされ、私はお屋敷の廊下を歩きました。普段ならばあっさりと通り過ぎてしまう道のりが、なんだかとても長く思えました。
ドレスを汚してしまわないように注意していたのと、コルセットで体を締め付けていたのとで、夕食はほとんど喉を通りませんでした。
夕食を住ませると、再びロザリー様は私を自室まで送ってくださいました。
重いドレスを脱ぎ、靴をいつもの仕事用のものに履き替えると、やっと息がつけるようになりました。
やはり私などがドレスを着て街に出かけるなど、過ぎたこととしか思えませんでした。
一度は潰えたはずの不安が再び頭をもたげ、私はそれから気の重い日々を送りました。