手袋
短い眠りから覚めると、ロザリー様は変わらず私を見ていらっしゃいました。
「ロザリー様……、ずっとここにいらしたのですか?」
私は緩慢に起き上がってお尋ねしました。
「ああ、やはりどうにも心配でね」
ロザリー様は左手を伸ばして私の手の甲に重ねられました。
「……ロザリー様?」
「君の体温を感じていたくて……。しばらくこうしていてもよいかい」
「ええ、もちろんでございます」
ロザリー様は私の手を軽く握られて、押し殺したようなため息をつかれました。
「あの時……、君は私の腕の中で見る間に冷えて……、呼吸も止まってしまって……」
ロザリー様の左手が震えます。
「ずっと目を覚まさなかったらどうしようかと、君の青白い寝顔を見ながら、そればかり、そればかりを考えていたよ……」
怯えるロザリー様の冷たい左手に、私は自分のもう一方の手を添えました。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、ロザリー様。私はこの通り、こうして生きております。どうかご安心くださいませ」
ロザリー様は黙ってうなずかれ、ゆっくりと息を吐き出して肩を下ろされました。
「イラ、何か口にできそうかい? ずっと飲まず食わずで眠っていたのだから体力も萎えているだろう」
絹のように柔らかな声音でロザリー様は訊いてくださいました。私は気になっていたことをお尋ねしました。
「ええ。あの……、私はどのくらい眠っていたのでしょうか」
「……私もきちんと把握してはいないけれど、丸3日は経っているかな。今は明け方だ」
「もしかして、ロザリー様はその間ずっと付いていてくださったのですか?」
「あんな様子の君から……、目を離せるわけがないだろう」
ロザリー様は泣きそうなお顔を無理矢理笑みに変えるようにしてお答えになりました。
「飲み物でも用意してこよう。待っていてくれるかい」
「ロザリー様、それならば私が……」
もう日は昇っているようでしたし、私も充分に立ち歩けそうでした。しかしロザリー様は首を振って私を止められました。
「君はまだ休んでおいで。体力を回復させるのが最優先だ」
ロザリー様は「そこにいるんだよ」と言い置いて椅子を立たれました。
カップを手にロザリー様は戻っていらっしゃいました。扉を押し開けるその手に、先ほどまでは身に付けていらっしゃらなかった手袋がはめられているのに気付きました。
「待ったかい、イラ? ほら、ゆっくりお飲み」
ロザリー様が下さったのは、いつか私が病気に伏した時と同じ、牛乳と卵の入った甘い飲み物でした。
「ありがとうございます、ロザリー様」
私は湯気の立つカップを受け取りました。とろりとした優しい色の飲み物は喉を滑り、体に染み込むようでした。
ロザリー様は椅子におかけになり、軽く指を組まれていました。
「ロザリー様、なぜ手袋をされているのですか?」
私の素朴な質問に、ロザリー様は一瞬気まずげに指先を動かされました。
「……少し、ね。君は何も気にしなくていいよ」
そのお言葉はかえって、私に関係のあることだとおっしゃっているようなものでした。
気がかりに思いながら唇をカップに触れさせたとき、突然、ロザリー様の血を飲んだ後のおぼろげな記憶――唇に押し当てられた銀の杯と、鼻の奥を刺す焦げ臭さ――が蘇りました。
「あの時の……、銀の杯でございますね」
確信を持ってお尋ねすると、ロザリー様はしばし視線をさまよわせ、早口におっしゃいました。
「イラ、私のこの痛みなど、君に味わわせた苦痛に比べれば全く取るに足らないものだ。君が気に病むことなど、何も……」
そのようなお言葉を頂いても、私は「私のために……申し訳ありません」と申し上げずにはいられませんでした。ロザリー様は静かに首を横に振られました。
「もう何ともないのだけれど、少し見た目が……、その、少々醜い様子になっているから、数日はこうして手袋をはめて過ごすことにするよ」
「お手当てはなさったのですか、ロザリー様」
「……ああ、大丈夫さ」
ロザリー様は微笑みかけてくださいましたが、私の心配は消えませんでした。純銀に身を灼かれるのも厭わず、おそらくはきちんとしたお手当てもなさらないままに、私を助け、側に付いていてくださったロザリー様に胸が震えるようでした。
「もしよろしければ、私にお手当てをさせてはいただけませんか」
「いや、もう手当ての必要もないよ。数日も経てばすっかり治るはずだ」
人間の傷とは治り方が違うからね、とロザリー様は私を安心させるようにゆっくりとおっしゃいました。