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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
IX はじまり
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春の月

 雪を見ながら、白い息を吐きながら、私は春を待ち望みました。

 ロザリー様はことさらに私のことを気にかけてくださり、私が少しくしゃみをしただけでも、

「イラ、風邪を引いたのではないかい? 休んでいなくて大丈夫かい」と眉をひそめられました。

 その度に私は「ええ、ロザリー様。何ともありません」とお答えしました。

「そうか……」とロザリー様は安堵の息をつかれてから、真摯な目でこう続けられるのでした。

「君に血を与える日が刻一刻と近づいていることを思うと、いっそう心配になってしまうのだよ。ここまで……、ここまできて君を失うわけにはいかない、とね」

 私は自分の胸に手を当て、温かな鼓動を感じながらしっかりと申し上げました。

「ありがとうございます、ロザリー様。私もよくよく注意を払って過ごしてまいります。どうかご安心くださいませ」

 ロザリー様はその言葉を聞くと微笑んで私の名を柔らかに呼んでくださいました。


 緑はゆるやかに芽生えて花を咲かせました。ぼんやりと雲を照らす月は夜ごと膨らみました。

 満月の晩に銀の剣を携えてお屋敷を立たれたロザリー様は、翌朝木箱を慎重に抱えて帰っていらっしゃいました。

「開けてみてくれないか。純銀の杯だ」

 木箱の中には詰め物がされ、さらにその中から薄紙で包まれた杯が出てきました。

 ロザリー様はそれにお手を触れないよう固く腕を組まれていました。

 かさこそと紙をほどくと、広い飲み口の杯が蝋燭の光を跳ね返しました。飾り気はなく、短い一本の脚で立っています。

「新月の晩まで、それを曇らないように磨いておいで」

「かしこまりました、ロザリー様」

 私は杯を丁寧に箱に収め直し、自室へと持っていきました。

 以前にロザリー様から頂いた純銀のダガーと一緒に、私はその杯を大切に磨きました。


 月は次第に欠けていきました。私は洗濯物を干したり森で花を摘んだりする合間に、青い空に浮かぶ月を見上げました。


 ある日の夕方、鎌よりも細く鋭い月が西の空に沈むのを見送って、私はお屋敷へと入りました。


 夕食もその後のお話の時間もいつもと同じように過ぎていきました。しかし、ロザリー様も私も、翌晩が特別な夜になることは痛いほどに感じていました。

「イラ、本当にいいのだね」

 自室に下がろうとした私を引き留めてロザリー様はお尋ねになりました。

「もちろんでございます、ロザリー様」

 ロザリー様は静かに「それでは、おやすみ」とおっしゃいました。

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