成熟
部屋のクロゼットにドレスが5、6着も増えて、テイラー嬢の子供がはにかみながらも「……こんにちは」と挨拶をしてくれるようになった頃のことでした。
テイラー嬢は採寸を終えて、親しげに「ここしばらくは体型もお変わりありませんし、イラ様も、もうすっかり妙齢の女性におなりですね。エインズワース様のことを『お父様』と呼んでいるのが不思議なくらい」と言いました。
「まあ……。そうですか」
嬉しさのあまり顔がほころぶのを抑えきれませんでした。テイラー嬢はきっと私がそれほど嬉しそうにしているのを不思議に思ったことでしょう。
帰りの馬車の中で、さっそく私はロザリー様に申し上げました。
「ロザリー様、今日テイラー嬢が言っていました。私ももう、すっかり大人になれたと。ですからロザリー様、早く……」
ロザリー様は私に落ち着くよう促されてから、「そうか……」と腕を組まれてしみじみとおっしゃいました。
「確かにもう、君も成熟した女性だね。イラ……、もう一度聞くけれど、私と共に永い時を生きる決意に変わりはないかい」
「ええ、もちろんでございます。ロザリー様」
迷うことなど微塵もありませんでした。
お屋敷に着いてお茶を飲みながら、ロザリー様と私は永い命について何度目かの話をしました。
「イラ。改めてよく考えておくれ。本当に後悔しないかどうか」
「もう幾度も考えたことでございます。ロザリー様が共にいてくださるのならば、後悔などしようはずもありません」
「私が死んでも、できうる限りの手段を尽くして生き続けるのだよ」
「……ええ、承知しております」
「……イラ」
凍り付いたような沈黙の後、ロザリー様は口を開かれました。
「私以外のことも考えてごらん。もし君が永い命を得たとして、___もその娘も、さらにはあの幼子までも、君を置き去りにして老いて死んでしまうんだよ。人間の時間から取り残されて、この屋敷の中で何百年と凍り付いたような時を送ることが、本当に君の望むことなのか……」
ロザリー様はテイラー夫人の名を挙げてそうおっしゃいました。
私は首を横に振り、ロザリー様の瞳を見上げました。
「ロザリー様、私は、それでも……」
その時のロザリー様の諦めたような憂いの表情は、到底忘れることができません。あの時にはなぜロザリー様があのようなお顔をなさったのかわかりませんでしたが、今なら……、知っている人間がみなこの世を去ってしまった今ならば、そのお気持ちがわかるような気がします。
あの頃の私は死というもの、そして老いというものの正体を知ってはいなかったのです。
ロザリー様は突然、自嘲的な引きつった笑い声をあげられました。
「それならば、私は君に永い命を与えよう。ああ、君の無知に付け込んでいることは自分でもわかっているさ」
私が何も言えずにいると、ロザリー様は唇を笑みの形に歪めたまま続けられました。
「イラ、私はこの血で、君をこの屋敷に永遠に縛り付けようとしているのだよ。外の世界を知ることも、ほかに親しい間柄を作ることも許さずに」
そのお言葉をゆっくりと頭の中で転がし、私はロザリー様に笑って申し上げました。
「ええ、ロザリー様。それで結構でございます。ロザリー様にお仕えすることが私の幸せであり、いちばんの望みでございます」
ロザリー様のお顔から奇妙な笑いが消え去りました。
「……冬が過ぎたら、君に血をあげよう。今はまだ夜が長すぎるからね」
「かしこまりました、ロザリー様。ありがとうございます」