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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VIII 来し方
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失せるものと育つもの

 夕食の後に金色のドレスに着替え、地下室へ足を運びます。私が着替えている間にロザリー様は広間の椅子を地下へ運んでくださり、多くの蝋燭を灯されていました。

「少し空気が淀むだろうから、気分が悪くなったら言うのだよ」

「かしこまりました」


 肖像画を描いてもらった時と同じ革張りの椅子に座り、ロザリー様に顔をお向けしました。燭台の炎が揺らめいて、ロザリー様のお顔を暖かく照らしました。

「どちらのドレスも甲乙付け難いね。この状態でもう1枚絵を描かせたいよ」

「ロザリー様はお入りにならないのですか?」

 意外そうな顔をなさった後に、ロザリー様はおかしそうに笑い出されました。

「私の絵を何枚と描いたところでつまらないだけだよ。この姿は何百年と変わらないのだから」

 私は椅子から身を乗り出して申し上げました。

「いいえ、私は何枚も……、何十枚あってもよいのではないかと存じます」

「そう言ってもらえて嬉しいよ、イラ」

 ロザリー様は私をなだめるような口調でおっしゃいました。


 絵の前に座ったまま、私はロザリー様とお話をしました。ロザリー様は少しくだけた姿勢で、肖像画と私自身とを同時に眺められる位置に立ち続けていらっしゃいました。

「ああして絵の中で貴族令嬢としていかにも奥ゆかしくしている姿もいいけれど、今のように素直に振る舞ってくれる君の姿は、かけがえのないものだね」

 会話の中でロザリー様は感じ入ったというご様子で呟かれました。

「いいえ、いつまでも子どもじみたままで、恥ずかしゅうございます」

 私は面映いような居心地の悪さを感じ、椅子の上で小さくなりました。

「そんなことはないさ。君は無垢で匂やかな女性になっているよ」

「そうでしょうか……。ありがとうございます、ロザリー様」


 蝋燭の灯りの中でお話をしていましたが、私がひとつあくびを漏らしたのをきっかけに、ロザリー様は私に自室に戻るようおっしゃいました。

「申し訳ありません……。失礼いたします、ロザリー様」

「ああ、ゆっくりお休み」


 翌日地下へ下りてみると、ロザリー様は既に椅子を片付けてくださっていました。

 ふと絵を眺め、これからはお昼でもロザリー様のお顔を拝見できることに気付き、くすぐったいような嬉しさがこみ上げました。


 私はそれから毎日のようにその肖像画を見に地下に下りました。

 地下は暗く、絵を見る時には昼までも燭台を灯していました。燭台を掲げてロザリー様のお顔を見上げると、炎の揺らめきで表情が微妙に移り変わっているように見えて、いっそう見飽きるということがありませんでした。

 肖像画の中にはもちろん私も描かれていましたが、そちらはどうにも照れてしまって、きちんと見ることができませんでした。ほんのわずかに笑みを作った口元に緊張の色が表れていたことだけは、どういうわけか今でも印象深く覚えています。


 あの肖像画はお屋敷と一緒に燃えてしまったと、ロザリー様からうかがっています。できることならばもう一度目にしたいものですが、どうあがいても叶わぬ願いでしょう。

 考えてみれば、燃えてしまってかえって良かったのかもしれません。何百年もの前からほとんど変わらないロザリー様と私の姿が絵として残っていれば、また厄介ごとの火種となっていたかもわかりません。

 ここではただただ、そのような肖像画があったことを記すだけにします。


 さて、肖像画が届いた後の日々を書いていたところでした。

 ロザリー様は冬が訪れるたびに、私にドレスを買ってくださいました。草木の芽吹く頃にも2回ほど仕立屋へ連れて行っていただきました。


 テイラー嬢には男の子が産まれました。

 最初に見た時にはその子はテイラー嬢の腕に抱かれてくしゃくしゃの端切れを握りしめていました。けれどもお店に行くたびに新しいこと――たとえばテイラー嬢の目を見て何かを訴えかけるような声を出していたり、私に布でできた人形を渡してくれようとしたり――ができるようになっていて、私はその成長の早さに驚かされるばかりでした。


「子供は、あっという間に大きくなるのですね」

 いつかの仕立屋からの帰りの馬車でロザリー様に申し上げると、ロザリー様は「そうだね」と頷かれてから私を見て微笑まれました。

「昔、君を王城に預けていた時には私も同じことを思ったよ。いつの間にか歩いて話して、掃除や料理までできるようになっていた」

 君にもあのような頃があったのだよ、とロザリー様は懐かしむお口ぶりでおっしゃいました。

 私は自分の手のひらを開いて見やり、テイラー嬢の息子の小さくぷっくりとした手を思い出しました。

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