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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VIII 来し方
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真珠のドレス

 ドレスが届いたのは、よく晴れた冬の日のことでした。

 大きな箱に書かれたテイラーという差出人を確認すると、心が浮き立ち、ひとりでに笑みが浮かびました。

 受け取りを済ませた後は念入りに床を磨きました。体を動かしてはやる心を少しでも落ち着けようとしたのです。楽しみで胸が熱くなるようで、身を切るような水の冷たさもほとんど気にならないほどでした。


 夕食の後にロザリー様に促されて、私は部屋に戻り箱を開けました。

 しっとりとした陰影を見せるドレスにつややかな絹の手袋、ドレスと揃いの生地に金の糸で繊細な刺繍が施されたヘッドドレスなど、一式が丁寧に収められていました。

 私は胸を高鳴らせながら、ひとつひとつ順番にそれらを身につけました。


 ドレスの左の腰からは、幾重にもなるドレープがたっぷりと広がっています。その起点を隠すような帯飾りにはさりげなく真珠が縫い止められて上品に輝いていました。

 首元は大きく開いていて、二連の真珠の首飾りを印象的に見せています。胸元近くまで肌を見せてもみすぼらしくならないよう、下に着ているコルセットでしっかりと胸を持ち上げていました。


 ライラックのドレスと比べるとこのドレスは飾りや色味を抑え、その分上質な真珠やドレープひとつひとつが映えるものでした。

 鏡に姿を映してドレスにふさわしいような貴婦人の顔つきをしようと澄ましてみたり、指先でほんの少し唇の端を持ち上げてみたりしました。

 手袋を付けた指先はいつもよりすんなりとたおやかに見えて、自然と仕草も淑やかになるようでした。


 最後にもう一度鏡に向けて笑みを作り、私は部屋の扉を開けました。ロザリー様はすぐ側の廊下に立っていらっしゃって、私の姿を認めると目を細められました。

「イラ……、やはりよく似合っているよ」

「ありがとうございます、ロザリー様」

 私はお辞儀をして、ロザリー様が差し伸べてくださった手を取りました。

「その真珠も白い肌によく映える。素敵だよ」

 ロザリー様は私の手を少し持ち上げられて、指先に唇を落とされました。

「ありがとう、ございます……」

 できるだけ貴婦人らしく、と平静を装おうとしましたが、耳までも赤くなっているのは隠しようもありませんでした。

 ロザリー様はそのまま少し目を上げられて、茶目っ気のある笑みを浮かべられました。


「また画家を呼んで、君の絵を描かせようか」

 ロザリー様は書斎でそうおっしゃいました。

「いいえ、そんな……」

 畏れ多くてそう申し上げると、ロザリー様は「そうか……」といささか残念そうなご様子でいらっしゃいました。

「そういえば前の冬に描かせた肖像画は、まだ届かないようだね。一度手紙を出してみようか」

「ええ……」

 ロザリー様は私をご覧になりながらちょっと考え事をなさっているようでしたが、突然お顔をほころばせられました。

「ロザリー様?」

「……いや、なんでもないよ」

 柔らかな笑顔の理由が気になり、私は「何でございますか、ロザリー様? 教えてはくださらないのですか?」とせがみました。

 ロザリー様は少し迷われて、「いや、やはり君には話せないな」とおっしゃいました。

「どうしても、でございますか?」

「すまないね。でも、君に悪いことではないだろうから、気にしないでおいで」

「……かしこまりました」

 これ以上お尋ねしても教えてくださる気配もなさそうで、しぶしぶと諦めました。

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