去り際
「それではこの生地を使って、ドレスをお仕立てしますね」
試した布をまとめてから、テイラー夫人が言いました。
「はい、お願いします」
テイラー嬢はぐっと背中を伸ばしました。
「今日はイラ様も慣れてくださったみたいで、安心しました。女同士で装いのことをおしゃべりするのって、とっても楽しいですよね! あの人も悪い人じゃないんだけど、あんまりいろんなことを話してはくれなくて……」
すかさず夫のことを話そうとするテイラー嬢に、思わず苦笑してしまいました。
「さあさあ、長いことお時間をいただいてありがとうございました、お嬢様。きっとエインズワース様もお待ちでしょうし、行きますよ」
ロザリー様は仕立屋の主人とテイラー嬢の夫との3人で机を囲みお話をなさっていました。
「エインズワース様、お嬢様をお連れいたしました」
「ああ、ありがとう、___」
ロザリー様がテイラー夫人の名を呼び、テイラー夫人は見る間に顔色を変えました。
「それでは今日はこれで失礼するよ。イラ、気に入りそうなものは見つかったかい?」
「ええ、お父様」
ロザリー様は腰を上げられました。
「エインズワース様、それじゃあこちらへおいでください」
目を潤ませて立ち尽くしているテイラー夫人に代わり、すかさずテイラー嬢がロザリー様の先に立ちました。
ロザリー様がテイラー嬢に金貨をお渡しになり、夕陽がすっかり沈もうとしている中、ロザリー様と私は帰路につきました。
「何色のドレスにしたのか聞きたいところだけれど、やはり後の楽しみにとっておこう。ところで君の部屋には、まだ服をしまう余裕はあるかい?」
「ええ、もちろんでございます」
ロザリー様は「それなら安心だ」と微笑まれました。
「これから年に1、2回はテイラーの店に行くとしよう。もしクロゼットが手狭になったら言いなさい」
私は予想もしていなかったお言葉に目を円くしました。
「あの……、服というのは、今回のドレスのことではなかったのですか?」
「ああ。これから買い足す分も考えてのことだったけれど……、やっぱり場所が足りなくなりそうかい?」
「いえ、そうではございませんが……、これからは音楽会へ行くのも控えるとうかがいましたし、そのように多くのドレスを作っても……」
「私が見たいから、という理由だけではいけないかな」
首をかしげ気味に私を見つめられるロザリー様に、私は顔を火照らせるばかりでした。
「そ、その、ロザリー様がそうおっしゃるならば……」
まともにロザリー様に顔をお見せすることもできず、私は切れ切れにお答えしました。
「それに、君が大人になるのをテイラーに見届けてもらうこともできるしね」
続けられたロザリー様のお言葉に、私はちらりと顔を上げました。
「私は人間の……、ことに女性の成長についてはまったく疎い。彼女たちなら人間の体型の変化には熟知しているだろう。君が大人の女性になったとテイラーに請け合ってもらえたならば、その時は……」
ロザリー様は私に意味深な目配せをなさいました。私に血をくださる夜のことをおっしゃっているのだと理解はできましたが、先ほどのロザリー様はほんの軽口を叩かれただけだと気付き、一抹の悲しさを覚えました。
「それでは、服の仕立ては、ついでのようなものでございますか?」
かすかに失望を滲ませて申し上げると、ロザリー様は「そういうわけではないよ」とお答えになりました。
「君が新しい服を着ている姿を見るのが楽しみなのも、偽りのない本心だ。だからそうやってむくれるのはおやめ」
ロザリー様は軽く私の頭に手のひらを置かれました。そのお言葉や仕草に胸がときめくのと同時に、子ども扱いされているような不満が表裏のようによぎりました。