「お芝居」とドレス
お芝居へ行くことが決まってから、4、5日ほど経った頃でしょうか。朝食の席でロザリー様がさりげないご様子で、こう切り出されました。
「少し聞くところによるとね、イラ。観劇にメイドを連れて行くというのは、あまり一般的な行動ではないようだ」
私はゆっくりと自分の気持ちが萎んでいくのを感じました。落胆を表に出さないようにと注意しつつ、「それならば、私は……」と言いかけたところ、先にロザリー様の続きのお言葉が発せられました。
「そういうことだからね、イラ。芝居の晩には、私と君は親子ということにしよう」
私は耳を疑いました。おそるおそる「親子……でございますか?」とお尋ねすると、「ああ、私が父で、イラが娘だ。いい考えだろう?」というお答えが返ってきました。
当惑してしまい、私は「そ、そのようなこと……、致しかねます!」と申し上げました。
「なぜだい?」
ロザリー様は多少ならず驚いたご様子でした。
「ロザリー様と、親子……、など、畏れ多いです」
「なんだ、そんなことか」
少しため息をつき、ロザリー様は私を安心させるようにおっしゃいました。
「何も、今回は正式に君を養女にしようというのではないよ。たったの一晩、吸血鬼とそのメイドがいかにも普通の人間の親子だという顔をして、観客席に紛れ込むだけさ」
その冗談めかしたお言葉に、つい笑みが漏れました。
ロザリー様はさらに、こう続けられました。
「それに、もう街へ着ていくためのイラのドレスを買ってしまったからね。一緒に来てくれないと、私が少し困ってしまう」
「ド、ドレスなど、そんな……っ」
私はますます慌ててしまいました。
「……不満かい?」
ロザリー様が首を傾げられます。
「そのようなもの、私には勿体のうございます!」
「そんなことはないさ。きっとイラによく似合うと思って選んだのだよ」
かあっと顔が熱くなるのがわかりました。
「本当は体に合わせて仕立てるのがいちばん良いのだけどね。そうだ、私が眠る前に渡してしまうから、今日の夕食の席にでも着てみてもらえないかい?」
「きょ、今日……ですか」
戸惑っている私をよそに、ロザリー様はてきぱきとお話を進めていかれます。
「当日に初めて着るというわけにもいかないだろう。ある程度は慣れておいた方がいい」
「……承知いたしました」
朝食を終え、ロザリー様は私に大きな箱を下さってから寝室へ入っていかれました。
私は自室で箱の中身を見ようか見まいかしばらく悩んでおりましたが、ひとまず普段通りにお仕事をすることに決めました。
どうにもそわそわとしてしまいましたが、それでもお昼過ぎにはやるべきことを終え、手隙になってしまいました。
再びドレスの箱を開けようかどうしようかと思い悩み、結局のところはモップと雑巾を手に、いつもより入念な掃除に取りかかっていました。自分でも不思議なのですが、ドレスの箱を開けてしまうのがなんだか怖いような気がしていたのです。
掃除が一段落するとちょうど陽の傾く頃でしたので、今度は夕食の支度に移りました。無心で料理をしていると、なんだか落ちつくような心持ちでした。