いろどり
「さあ、そろそろお色を決めましょう。いい生地が入っているんですよ」
「イラ様、母さんと話しながらちょっとだけお待ちくださいね」
テイラー嬢はそう言い置いて部屋を出て行きました。
「以前は薄紫色の……、ライラックの花のようなドレスをお作りいたしましたね。新しいドレスについて、何かご希望はおありかしら?」
私は少し考えてから答えました。
「あのドレスがとても素敵だったので、もう一着同じものを欲しいくらいです」
テイラー夫人はふんわりと温かく笑いました。
「あらまあ、そんなに気に入っていただけたなんて、仕立屋冥利に尽きますわ。でもねえ、私たちはあれも似合いそう、これも似合いそうと考えながらできるだけたくさんのお召し物をお嬢様に作って差し上げたいんです。まったく新しいドレスを作るとしたら、いかが?」
「それなら……、少しでも大人びて見えるようなドレスを作っていただけますか?」
やはり気後れを感じながらも私は口を開きました。自分にはまだ貴婦人のドレスは不相応であることは実感していましたが、服装だけでも近づければ自身も段々と貴婦人らしい身のこなしができるようになるのでは、と望みを託したのです。
「ええ、もちろん。それならしっとりした風合いの上質な生地をたっぷり使いましょう。もうすぐ布が部屋に着くと思うんですけど……」
テイラー夫人がそう言って間もなく、布の小山がぬっと部屋に入ってきました。よく見るとそれは、大柄な男性がいっぱいに生地を抱えているのでした。
「ここでいいのか?」
ぶっきらぼうな低い声が誰かに尋ねました。
「そうよ、ありがとう」
彼の背後からテイラー嬢の声が聞こえました。どさりと作業台の上に布を置き、男性は座っている私を見て不器用に頭を下げました。
「……いらっしゃいませ」
「イラ様、私の夫です。素敵でしょう?」
テイラー嬢が姿を現し、にこにこと私に笑いかけます。彼女が以前、「熊みたいに大きくて強い人と結婚したい」と言っていたのを思い返しました。
「ええ、とても頼もしそうな人ですね」
そう答えると男性は無愛想に「それじゃあ、これで」と部屋を出て行きました。
その背に向かって「もう!」と頬をふくらませ、テイラー嬢は私に向き直りました。
「お気を悪くなさらないでくださいね、イラ様。あの人ったら照れてるだけなんですから」
ここは仕立屋だっていうのに、お客さんと話すのも細かな作業も苦手だし……と、テイラー嬢は夫に対する文句を言い始めましたが、その表情は幸せそうに緩んでいました。
「ほら、ドレスの生地を選びますよ。まずはやっぱり絹からかしら」
テイラー夫人が浮かれるテイラー嬢を促し、布の山から光沢のある青い生地を出しました。
「イラ様はもっと、こういう柔らかい色の方がいいんじゃない? さあ、当てて鏡を見てみてください」
弾んだ様子の2人から、次々に布を渡されます。
以前はただ戸惑うばかりでしたが、今回はきちんと鏡の中と向き合って、どのような色にしようかと自分でも考えることができました。
「落ち着いた色が欲しいので……、さっきの緑色の生地をもう一度見せてもらえますか?」
「はい、もちろんです!」
手触りも光沢も違う色とりどりの生地を試して迷うのはとても楽しいことでした。
時間も疲れも忘れて夢中になり、最後に私たちが選んだのは、上品な深みのある黄金色の絹織物でした。