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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VIII 来し方
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女性のお喋り

 まぶしい夏を越え、太陽は日ごと短くなっていきました。

 ロザリー様と私は変わらず穏やかで親密な時を送っていました。


「イラ、近いうちにテイラーの仕立屋へ行こう」

 夕食の後の語らいに、ロザリー様はそうおっしゃいました。

「仕立屋でございますか?」

「ああ。君の新しいドレスを作らせるつもりだ」

 私はそのお言葉にすっかり驚いてしまいました。

「私はあの、紫色のドレスが気に入っております。そのような勿体ないことなど……」

「イラ」

 ロザリー様はたしなめるように私の名をお呼びになりました。

「君もあの時から少し体つきも変わっていることだろう。そろそろ新しいものを作ったほうがいい」

 私はためらいながらもうなずきました。ここのところあのドレスに袖を通してはいませんでしたが、思えば確かに、仕立てた時からはだいぶ月日が経っていました。


「テイラーのことだから、きっと今度のドレスも君の気に入るはずさ」

 ロザリー様はそうおっしゃって、私の背を押してくださいました。「かしこまりました、ロザリー様」と口を開こうとした時、ロザリー様は付け加えるようにおっしゃいました。

「それに、年に一着のドレスも買ってやれないような父親だと思われては困ってしまうからね」

 冗談めかしてのそのお言葉が、私にとってはもっとも強い力を持っていました。

「それでは、ええ、ドレスを新調いたしましょう」

 私は真剣にうなずきました。


 久しぶりの仕立屋では、テイラー夫人が出迎えてくれました。

「あらあら、イラお嬢様。ますますお綺麗になられて……」

「こんにちは、テイラー夫人」

「お久しぶりです、イラ様!」

 お店の奥からぱたぱたと足音が聞こえたと思うと、テイラー嬢が姿を現しました。明るい表情は変わっていませんでしたが、丸みを帯びた体型はすっかり大人の女性のものでした。


「この子は相変わらずお転婆で……。結婚したら落ち着くかと思ったのですけれど」

 テイラー夫人はため息まじりに言いました。

「結婚したのかい? おめでとう」

 ロザリー様は眉を上げられました。テイラー嬢は両手を頬に当てて幸せそうに照れ笑いを浮かべました。

「ええ、そうなんです。夫は不器用なんですけど、生地の買付けをしてくれて、頼りになって……」

「いい加減にしなさい、___。ごめんなさいね、エインズワース様。この子はまったく、話し出すと止まらないんですから」

「いや、仲が良さそうなことで何よりだ」


 前回と同じように、私は奥の部屋で採寸をしてもらい、その間ロザリー様は日を遮ることのできる隣の部屋でお待ちになることになりました。

 採寸室は記憶のままに、落ち着いた秩序が感じられました。

「あら、少し背が伸びましたね、イラ様」

 テイラー嬢は巻き尺を手にそう言いました。以前と違っていたのは、テイラー嬢が採寸から数字を書き留めるところまで通して行っていることでした。

 そのことを私が言うと、「私もやっと、母さんのお墨付きがもらえたんです。採寸なら、もうお手の物です!」と得意げな笑みが返ってきました。

「あまり調子に乗るんじゃありません。測り終えた数値はきちんと見せてもらいますからね」

 ぴしゃりとテイラー夫人が横から口を出し、テイラー嬢は肩をすくめました。


 採寸も滞りなく終わり、私たちは飲み物を飲みながら足を休めました。

「以前のドレスはいかがでしたか? お気に召しました?」

「ええ、もちろん! とても素敵でした」

 テイラー夫人からの問いかけに答えると、テイラー夫人もテイラー嬢も、嬉しそうに笑いました。

「よかった! 絶対にお似合いだとは思ってましたけど、着ているお姿を見られないからどきどきしてたんです」

「あの色は本当にお嬢様にお似合いでしたね。今回はどのようなドレスをお作りいたしましょうか」

 私はこれまでに王城で見た貴婦人の様子を思い出してみました。しっとりとした質感の生地や繊細なレース。たっぷり膨らんだスカートに細い腰、そして豊かな胸。


 そこまで考えて、私はひそかに抱いていた悩み事を打ち明けることにしました。私の知っているほかの誰にも言うのが憚られるようなことだったのです。

「あの……」

 私はテイラー嬢を呼んで、ほとんど耳打ちするようにこっそりと尋ねました。

「本当にはしたないことで、恥ずかしいのですが……。その……、胸は、どのようにすれば、膨らむのでしょうか……」

 真っ赤になっている私を見て、テイラー嬢は陽気に笑い出しました。

「自然と大きくなるものですし、個人差がありますからお気になさらなくて大丈夫ですよ、イラ様」

「あら、何のお話なの?」

「いえ、なんでもありません!」

 興味を示したテイラー夫人に、私は慌てて手を振りました。

「どうしても、と言うなら布でも丸めて服の中に仕込んでいればいいんです。いざという時に真実を知ったとして、文句を言える殿方などいません!」

「あ、ありがとうございます……」

 力強いテイラー嬢の言葉に私の方が恥ずかしくなりました。

「あなたはもう、少しは慎みというものを知りなさいな」

 テイラー夫人が何事かを察して、苦笑いを浮かべながら言いました。

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