振り返る日々
それから何日間かかけて、ロザリー様と私は、新たな王や王城の様子についてお話をしました。
ロザリー様は若い王との契約を交わした時のことを苦笑まじりに教えてくださいました。
「王から怒られてしまったよ。私は人間には持ち得ない力を持っているのだから、それを国のために活かすべきだとね」
「まあ……」
控えめに驚くと、ロザリー様はお茶を召し上がっておっしゃいました。
「以前君に話したのと同じような話をして、納得してもらったよ。……幾分不服そうではあったけれどね」
「王は……、海の向こうを征服しようと考えているのでしょうか」
「ああ」
ロザリー様はあっさりと頷かれました。
「玉座に着いたばかりの王が海の向こうの広大な領地を得たとなれば、名声も一挙に高まる。派手に動きたいと思っているところではないかな」
前にうかがった欲ときな臭さを感じさせるお話を思い出し、私は念を押すようにロザリー様にお訊きしました。
「ロザリー様、ロザリー様はそのようなことに加わって、どこかへ行ってしまわれたりはなさいませんね? ずっと……、ずっと、この屋敷にいらしてくださいますね?」
「ああ、もちろんさ」
私を安心させようと微笑みかけ、ロザリー様はカップを白い指先でなぞられました。
「実は、人間……、異国からの侵入者から国境を守るという契約についてはうやむやにしてしまったよ。王が忙しさにかまけて忘れてくれるとよいのだけれど」
ロザリー様は目を細めて「このことは内緒だよ」とお顔の前に人差し指を立てられました。
「はい、ロザリー様」
私もささやくように受け答え、同じ仕草をお返しいたしました。
鍵盤奏者のことも、話題に上げずにはいられませんでした。
「なんと言っても、彼の技量は現在この国随一のものだからね。それは私も認めざるをえない。あの場に招かれていたのも無理はないと思うよ」
ロザリー様は苦い顔をなさっておっしゃいました。
「……私たちに気付いたでしょうか」
「ああ、おそらく。ただお互いに素知らぬ振りをしたし、あえて関わるつもりもない。気にしないのが良いだろう」
「ええ……」
首元を触られた時のぞっとするような冷たさや霧の中にいるような心細さをも思い出してしまい、私は自分を抱くように身を縮めました。
「そんなに浮かない顔をするのはお止め。もし何かの折に再び会うようなことがあったとしても、私の側を離れなければ大丈夫だ」
心強いロザリー様の笑顔に、私は胸を撫で下ろしました。
「彼のような者のせいで、君が純粋に音楽を楽しめなくなってしまっては困るからね。常に私の隣にいるように注意して、彼の奏でる音楽にのみ気を払っていれば良い」
ロザリー様が隣にいらしてくださるのなら、何に怯えることがありましょうか。音楽会へ行くことへのためらいはすっかり消え失せました。
そうして私は音楽を音楽そのものとして受け止めること、音楽とそれを奏でる歌手や演奏家の人柄とを切り離して考えることを知りました。