メイドへの命
翌朝、朝食の支度をしながら、私は王城でのメイドの振る舞いを思い出しました。早速彼女を見習わなければ、と台所で気合いを入れました。
料理をすべて済ませ、食堂の扉の外でロザリー様がいらっしゃるのをお待ちします。
やがてロザリー様が近づいていらっしゃる足音が聞こえ出しました。私は食堂の扉を開けて手で支えました。
「おはようございます、ロザリー様」
お辞儀をして、ロザリー様を食堂へとお通しします。
「……ああ、おはよう、イラ」
いつもと違う私の所作にわずかに不思議そうな色を浮かべながらも、ロザリー様は応えてくださいました。
「ただいまご朝食のご用意をさせていただきます」
お座りになったロザリー様に軽く頭を下げて、私は台所へ向かいました。
しずしずとお皿を運び、ロザリー様の前へお出しします。本来ならメイドは主とは食卓を共にせず、後から食事を摂るべきだと知ってはいましたが、ロザリー様とお食事をすることはお屋敷に来て以来の習慣だったため、いつも私が座っている席の前にも配膳をしました。
「失礼いたします」
そう申し上げて椅子に座り、ロザリー様がお皿に手をつけられるのを見てから私も食事を始めました。
「イラ……、その、今日はずいぶんと……、恭しくしているね?」
数口お食事を召し上がった後で、ロザリー様はやや遠慮がちにお尋ねになりました。
「ええ。王城のメイドの働きを見て、私もぜひ倣わなければと考えてのことでございます」
お答え申し上げると、ロザリー様はお顔を崩され、声をあげてお笑いになりました。
「ああ、そうだったのか。この屋敷ではその必要などないから、安心していつも通りにしておいで」
「しかし、私は今までロザリー様に甘えてしまっていて……、私とて王城で教育を受けたメイドでございますのに、恥ずかしいばかりでございます」
お優しいロザリー様が許してくださったとしても、きびきびと働くメイドを見た後では私自身がこれまでの自分を許せないという心持ちでした。
「私の考えを言おうか、イラ」
ロザリー様はそう前置いてから穏やかな声音で続けられました。
「この屋敷には客人を招くこともないし、私にとって君はメイドである以上に貴重な話し相手だ。あまり丁重にされては私の方も気疲れしてしまうよ」
私はしゅんとしてうつむきました。
「それに私は、君が無作法だなんて思ったことは一度もないさ。メイドとしても、令嬢としても。君がいつも私のために心を尽くしてくれているのは知っているし、私にはそれで充分だ」
「かしこまりました、ロザリー様」
そうお返事したものの、私の心の中にはまだためらいが残っていました。
ロザリー様はそんな私の様子をご覧になって、微笑されました。
「どうしても君がメイドらしくしたいと言うなら、そうだな、屋敷の主としてひとつ君に命令を下そう」
私はそのお言葉に背筋を伸ばしました。
「はい、ロザリー様。何なりとお申し付けくださいませ」
ロザリー様は少しもったいをつけられて、ゆっくりとおっしゃいました。
「この屋敷では今後、私に対してそのように肩肘張った態度を取らないこと。戴冠式の前までのように、自由で柔らかな振る舞いをすることだ」
重々しく語られたその命令の中身に、目をぱちくりさせました。やがてロザリー様か私か、どちらが先ともつかず笑みを漏らし、しばしの間顔を見合わせるようにして笑いました。
私は久しぶりに賜った命に、心からのお返事を申し上げました。
「それでは、ええ、承知いたしました、ロザリー様」