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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VIII 来し方
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重唱

 ロザリー様と私も同じように召使いに連れられて部屋を出ました。向かった先はまた別の広間でした。

 楽器を持った人たちが壁を背にして座り、その前には揃いの丈の長い衣装を着た人たちが横並びに立っていました。彼らの周りをぐるりと取り囲むように椅子が並べられていて、次々と貴族たちが着席していました。

「音楽の演奏があるのですか?」

 私は少し興奮して小声でロザリー様にお尋ねしました。ロザリー様は「そのようだ」と頷かれました。


 胸をときめかせて待っているとほどなくして音楽が始まりました。

 長い衣装の人々が一斉に歌い出し、声と楽器の音色が渾然一体となって響きました。時に重なり、時に分かれる歌声はまるで五月の森に抱かれているような気分に私を誘いました。

 ふと美しい小鳥や花に目を留めるように少年の清らかな高い声に耳を傾け、木漏れ日を浴びるように大柄な男性のゆったりとした深い声に揺られました。

 

 これまでひとりで歌を口ずさむことしかしていませんでしたが、私はこのとき、あのように他の人と声を合わせて歌ってみたいと切ないほどの望みに駆られました。

 

 歌われている詩は私の知らない言葉であるようでしたが、繰り返される語は優しさと光を感じさせました。

 目に映るものは大勢の人と音楽家たちと部屋の壁であることに変わりはありませんでしたが、すぐ目の前か胸の内かに限りない空間が広がるようでした。その空間は奏でられる音楽に合わせて次々と色合いや情景を変化させました。

 夕焼けの赤色と枯れ草の匂い。澄んだ空気の中で光を集める朝露。悲しみに沈んで見上げる空の蒼色。

 

 楽器の響きに冷たい夜の気配を感じて、私は演奏家の方へ目を向けました。音楽家たちの並びいるいちばん後ろ、大きな楽器の前には、金の巻き毛と灰色の瞳をした、あの吸血鬼の鍵盤奏者がいました。

 思わず音楽を忘れて彼を見つめました。彼はちらちらと歌い手たちの様子を気にかけながら流れるように楽器を奏でていました。

 曲が終わり、鍵盤奏者はふい、と観客に目を走らせました。私と彼の視線がぶつかったような気もしましたが、鍵盤奏者は表情ひとつ変えませんでした。


 改まった宴席ということもあってか、奏でられたのは荘重な音楽が主でした。

 濃密な音色に圧倒されて涙が出そうになりましたが、白粉を塗っていることをすんでのところで思い出し、息を詰めてこらえました。

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