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永いメイドの手記  作者: 稲見晶
VIII 来し方
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戴冠の前夜

 月日は進み、戴冠式が執り行われました。今回もやはり養女ということにしていただき、ロザリー様と共に私も王城へと赴きました。

 太陽の光を避けるために、ロザリー様と私は式の前日の夜から王城へ向かいました。


 ロザリー様と私は隣り合った別々の部屋をあてがわれ、私にはそれが少し不安でした。

「ほんの隣同士の距離じゃないか。そんなに寂しそうな顔をするのはおやめ」

 ロザリー様がそうおっしゃったので、私はしぶしぶ自分の部屋へと入りました。足がうずもれるような絨毯に部屋中が映せそうな鏡台、どっしりとした革張りの椅子に天蓋付きのベッドを目にして、私は魂を抜かれたように立ち尽くしました。

 深呼吸をして少し落ち着いてみると、その部屋は、私が王城に務めていた幼い頃、ロザリー様がご滞在されていた居室とよく似ていました。私は懐かしさを覚えるとともに、この部屋にロザリー様がいらっしゃらない寂しさをも思い出してしまいました。


 貴族令嬢の扱いとしては当然のことと言ってしまえばそれまでなのですが、王城の召使いやメイドから非常に手厚いもてなしを受けたのには、すっかり恐縮してしまいました。城門の前に着いてから帰りの馬車に乗るまでに、何度「私はただのメイドなのです。どうかそのように恭しく接するのはおやめください」と言いそうになったかわかりませんでした。


 私の部屋にはやや年配のメイドが一人付き、食事から着替えに至るまで私の世話をしてくれました。

 お茶の淹れ方や給仕の仕方がとても洗練されていて、私は感心するとともに、これまでロザリー様のお優しさに甘えて充分な作法をとってきていなかったことを自覚して恥ずかしくなりました。

 言葉を交わすと私がそのようなもてなしを受けるにふさわしくないただのメイドであることが知れてしまいそうで、ほとんど彼女の言うことに黙ってうなずいているばかりでした。


 夕食を終え、寝るための支度を済ませるとようやくメイドは部屋を去りました。私はぐったりとベッドに体を沈めていましたが、ふと思いついて部屋を出ることにしました。

隣の部屋の扉を控えめに叩くと、ロザリー様が出ていらっしゃり、驚いた顔をなさいました。

「どうしたんだい、こんな時間に」

「申し訳ありません、お父様。少し……、心細くなってしまって」

 ロザリー様は静かに息をつき、優しい声音で私に語りかけられました。

「普段と違う場所で夜を過ごすからだろうね。大丈夫だ。私はここで起きているから、安心おし」

 私は「ええ……」とお返事したものの、その場を離れることができませんでした。


「イラ?」

 ロザリー様に促され、私は途切れ途切れに申し上げました。

「その、私のような者があのような豪華な部屋で、メイドの世話まで受けるのが……、どうにも心苦しいのです」

「そういうことか……」

 納得がいったというようにロザリー様は声を漏らされました。

「堂々としておいで、イラ。君が自分自身をどう思っていようと誰にもわかりはしないさ。君の部屋のメイドだって君をもてなすために心を砕いているのだろうから、きちんとくつろぐのも礼儀のうちだよ」

「はい、お父様……。ありがとうございます」

 少しだけ気持ちが楽になり、笑顔をお見せすることができました。

「もう眠れそうかい? 明日はきっと忙しくなるだろうから、ゆっくり休んでおいで」

「ええ。それでは、失礼いたします」

 ほっとした気分を抱いて私は元来た道を戻りました。扉を開ける前にロザリー様のお部屋の方を見ると、ロザリー様はお部屋から少しお体を出して、私が自分の部屋に入るのを見守っていてくださいました。

 

 ほのかに燭台の灯る部屋を進み、ベッドに横たわりました。厚く柔らかな枕や毛布に包まれると自然と体の力が抜けていくのがわかり、私は心地よい眠りに引き込まれました。

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