街への誘い
ロザリー様が私を連れてお出かけをなさるようになったのは、そのすぐ後のことのように思います。
「イラ、今度芝居でも見に行こうか」と、とある日の夕食の席でロザリー様は何でもないことのようにおっしゃいました。
私は王城を離れてからというもの、全くと言っていいほど外出することがありませんでしたから、ロザリー様のお言葉にぽかんとしてしまいました。
「お芝居……ですか? ……街に?」
「ああ。古い物語を仕立て直した歌劇があるそうだ。イラもその物語は読んだことがあるのではないかな」
ロザリー様が教えてくださった物語は、確かに私の知っているものでした。短いおとぎ話で、まだお屋敷へ参ったばかりの幼い時分に繰り返し読んだ記憶があります。
そのことを申し上げると、ロザリー様は「それなら、ぜひ行ってみることとしよう。新たな気付きもあるのではないかな」と微笑まれました。
しかし、私はお芝居を楽しみにする気持ちよりも、街へ行くことへの不安の方が勝っていました。
努めてその気持ちを表に出すまいとしていたのですが、やはりロザリー様は気付かれておしまいになりました。
「……どうかしたかい?」
私は、「私はこれまで、王城とこのお屋敷しか存じ上げませんので……、街というものが少し、怖いのです」と正直に胸の内を告げました。
ロザリー様は頷かれました。
「……それもそうか。私が一緒にいるから、安心おし。これでも、街にはそれなりに行っているんだよ」
こんなに心強いお言葉が他にありましょうか。私の小さな不安はすっかりかき消えてしまいました。そして、少々驚きました。
「ロザリー様、街へお出かけになっていらっしゃるのですか?」
「もちろん。香水を売りに行ったり、人間から少々血を頂戴したりしなければならないからね」
「……確かに、その通りでございますね」
「私も随分と長いこと観劇などしていなかったが、良い機会だと思ってね。日が落ちてからの舞台のようだし、私にとっても都合が良い」
ロザリー様は朗らかに続けられます。ロザリー様は実はお芝居などがお好きなのかもしれない、と私は思いました。
そして、私自身も不安とはまた別の感情から、胸が高鳴るのを感じていました。
「私も楽しみになってまいりました。ロザリー様、ありがとうございます」
それから私は、立ち居振る舞いや礼儀作法について記されている本をお屋敷の中から探し出し、貪るように読みました。私のせいで、ロザリー様が恥ずかしい思いをなされるようなことがあってはならないと考えたのです。
ときどき、ロザリー様がお休みになっているお昼間のうちに、本に書かれている振る舞いを試してみることもありました。掃除道具に向かって初対面の方への挨拶をしてみたり、食堂の椅子を馬車の座席に見立てて乗り降りの練習をしたりしていると、まるで自分が自分以外の誰かになったような、くすぐったい思いがしました。
もちろんお芝居のもととなったおとぎ話も、何回も読み返しました。こちらは大層懐かしい気持ちがしましたが、幼い頃にはわからなかった新たな気付きもずいぶんとありました。