手記の端書き
ロザリー様と私がこの小さな家に移り住んでから、どれほどの夜が過ぎたでしょうか。
おそらく産まれたばかりのひとりの赤子が大人になり、年老いて死ぬまでの時間は優に過ぎていることでしょう。
それでもまだ、私があのお屋敷で過ごした時間には到底及ばないことと思います。
あのお屋敷……、あんなに長年暮らしたお屋敷のことを、私は最近思い出せなくなってきているのです。
どのように部屋が並んでいたか、どのような調度品があったか、壁は何色で、床はどのように足音を響かせたか……。あのお屋敷の記憶を忘れることは、ロザリー様と過ごした日々を忘れることになるようで、とても怖いのです。
その不安をロザリー様にお話ししたところ、「人は忘れるべき時に忘れるべき物事を忘れるものだよ。それでも嫌だというのなら、書き留めておくといい」とおっしゃり、次の晩に羊皮紙の束を買ってきてくださいました。
そもそも私が生きてきた時間は、人間の記憶で到底収められるようなものではないそうです。それを聞いたとき、私は「ロザリー様はどのくらい昔のことを覚えておられるのですか?」と尋ねてみました。
ロザリー様は幽かに笑って、「イラに関することは全て覚えているから、安心おし」とお答えになりました。
つまりははぐらかされてしまったのですが、それならば私もロザリー様のことは全部覚えていたい、せめて記録に残しておきたいと思ったのです。