不可視やらずの雨
雨音で目が覚めた。窓に当たり砕けては流れていく雫たちを、ぼんやりと眺めていた。日暮れ前だと言うのに、窓の外では薄墨色が空を支配していた。
出し忘れてベランダへ追いやられたゴミ袋が、雫を受けてぱしぱしと音を立てる。「これは明日が大変だ」と思ったところで、チャイムが鳴った。
急いで玄関まで行き錠を解いた。扉を開けると、そこにはひとりの女性が立っていた。ここまで来るのに随分と雨に打たれたのだろう。衣服もぴったりと身体に張り付き、しとどになった彼女の髪の先からは水が滴っていた。
「風邪ひくよ? はやく入りな」
上がるように促すと、彼女はコクリとうなずいた。
部屋へ上げ、すぐさま彼女にタオルを手渡した。その際わずかに触れた指の冷たさに一瞬ひやりとする。
まとわりついてくる衣服の感触が気持ち悪いらしく、彼女はひどく緩慢な動きで髪を拭いていた。見かねてタオルを取って髪を拭いてやると、「ありがとう」と言って笑った。
おそらく下着もぐっしょりと濡れているだろうが生憎そんなものがあるはずもなく、大きめのTシャツを1枚手渡した。
少しして、Tシャツに着替えた彼女が脱衣所から出てきた。思った通りサイズが大きいようで、膝丈ワンピースのようになってた。
「寒いでしょ? おいで」
彼女を傍らに座らせ、肩に毛布を掛ける。身体が冷えていたのだろう。彼女は、毛布の端を手繰り寄せ小さくなった。その姿が、名状し難いほど庇護欲を掻き立てた。思わず彼女の手を取り、引き寄せ、深く抱き込む。
「どうしたの?」
「別に」
彼女はふふっと笑った。もともと答えなど不要だと思っていたらしかった。
しばらくの間、互いに口を開かずそうしていた。つけっぱなしだったテレビから流れる笑い声と、窓を叩く雨音だけが響いていた。
時計の針が一周した頃、彼女がふと窓の外を見る。
どうやら、雨は止んだらしかった。ベランダのゴミ箱は、今度は雨ではなく風を受けてがさがさと音を立てた。
薄墨色の雲は遠くへ流れ、わずかに晴れ間が覗いていた。柔らかな陽が部屋に差し込む。
「雨、止まないね」
淡い橙の頬をした彼女が、ぽつりと呟いた。
呟いて顔を逸らした彼女に、思わず笑みが溢れる。
「そうだね」
彼女をぎゅっと抱きしめて、その首元に顔を埋める。ふわりとシャンプーの香りがした。
見えない雨の音を聞きながら、ふたりで夜を待った。
不可視やらず雨
(まだ、止んでないよ)