犬者の覚醒 -Crazy Lotus-
Crazy Lotus
*
きっかけなんて、覚えてない。
気づいたら、ぜんぶつまらなくて。
吐きそうな退屈のなかで、浅い呼吸をくりかえしていた。
なにをしたいわけでもない。反抗したいわけでもない。でも、諾々と従うフツウな日常は、たぶん俺にはあってない。
それなりにできた。
それなりにできなかった。
がんばる理由もみつからなくて。放っておいてくれたなら、みんなシアワセだったのに。
あれをしろ。これをしろ。
小うるさい蝿を、まず消した。
耳を塞いで。目を閉じて。
ドウシテ、アナタハ。
――うるさいよ。
理由がいるの? 俺が俺であることに。
因果があるの? ただ息を吸う、だけなのに。
俺は俺であるだけで、勝手にマトモから弾かれる。
しらないよ。どうでもいい。
押しつけがましい多数決。それがなに?
みんな言ってる。みんなしてる。――ああ、そう。それで?
押しつけられた枠組みは、俺にはどうにも息苦しい。
あれをするな。これをするな。
大人が語る常識を、まとめてゴミ箱に蹴りこんだ。
あれが普通。それが普通。
勝手気ままに形作られる共通認識を、せせら笑う。
なにがマトモか、なんて。主観的にしか決まりゃしないのに。
振りかざすヒロイズム。
滲んだ裏側エゴイズム。
俺が語る言葉は、いつもなにかまちがえている。
眉間にしわを寄せて、唇を噛んで。ものいいたげな目で、俺を見て。あのひとはいつも、顔を逸らす。
返ってこない言葉。はね返ってさえ、こない声。
さきに塞いだのは、耳か。目か。
俺か。あなたか。
なにが、ちがうんだろう。
わからない。ただ、ひとつだけ、わかることは。
――どうしようもなく、不愉快だってことだ。
*
あのひとに、すこし似ていた。
――それだけが、理由だった。
「お、おい、蓮……」
あせったような声。うるさいなあ。じゃま、しないでよ。
「やめろって、そいつ、……っ死んじまう……!」
悲鳴のように反響した、その叫びに。
ようやく、右手をおおう、濡れた感触に気づいた。
……キタナイ。
いつのまにか、紅く染まっていたこぶしを見おろして、胸倉をつかむ左手から力が抜けた。
「くぁ、……っは」
ひきつれた、掠れに掠れた音が、気管につまりかけながら漏れだす。しらないあいだに、首を圧迫していたらしい。
開きっぱなしの口から、こぽり、とあふれ出す、血。
それと一緒に転がりでてきた2本の歯が、俺の腕で跳ねてから、地面に落ちた。
血。
あっちこっちに飛び散るアカは、ぜんぶ、こいつ一人が汚したもの。
あとからあとから、あふれ出て、素敵なアートのデキアガリ。
キレイだなんて思ったこともないけど、なんか、似てる。
なんだっけ? ほら、このあいだ。
きまぐれに出席した芸術の授業で、じじくさいひとが言ってた。
かっこよさげな、横文字。
……ぶらっしんぐ。
ぶらっ真紅!
ふぅん。これが、技法とやらだなんて、思えないけど。
だって、綺麗じゃない。ぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃで、……やっぱり汚い。
俺には、ビテキセンスなんて子洒落たもんはないから、なにがちがうのかよくわからないけど。
でも、ちがうんだろう。
だって、さっきまで笑って、はやし立ててた馬鹿なやつらが、顔真っ青にして震えてる。ガクガク膝ゆらしちゃって。いまにも漏らしちまいそうなくらい、情けない。
頭ン中、ほんとうに入ってんの? ってくらいチャランポランな面子だから、いままで、俺がすること止められなかったけど。もっとやれ、もっとやれって、騒ぐばっかで。
でも、今回ばっかりは、だめみたい。失敗した。
――なにが、だめだったんだろう?
きょとん、と目を丸めたまま、首を傾げる。わかんねぇなあ。
とりあえず、汚いモノをいつまでも抱えている趣味はない。かろうじて、ひっかかってた指先を外すと、ボロ雑巾みたいな人間が、ぼとりと落ちた。
……嗚呼。
やっぱ、似てねぇわ。これ。
「れっん……!」
三回目の叫びは、もうほとんど涙声だった。
なにが、こわいの?
噎せもしなくなった、このゴミ屑?
血の匂いに引き寄せられてきそうな野次馬?
ガキンチョをろくに裁けない警察?
いくつか問いかけてみて、気づいた。
――なんだ、俺か。
こわいから、ここにいたくなくて。こわいから、ここから逃げられない。カワイソウなやつら。
「おい、やべぇって、マジでサツくるぞ。そいつ、どうすんだよ!?」
「くっだらない」
「は、はあ?」
「なに、いまさらビビってんの? 好きにすればいいじゃん。俺には、関係ない。俺は、しらない。そうやって目も耳も塞いで、ついでに口もつぐんで、どっか行っちまえよ」
「蓮!」
「なんで? 正直に言えばいい。見てただけ。なにもしていない。……そう、なにも!」
ひとり、ふたり。じりじりと後ずさる、形だけのオナカマ。
上っ面をなでて、軽くつるんで。勝手についてきて、勝手にわめいてた。俺は、それを、放っておいた。そんだけのつながり。
もう、お開きか。ツマラナイね。
「失せろよ、目障りだ……」
ひぎぃゃ。潰れたカエルのような声をあげて、ばたばたと去っていく。二人。学校に行く気もないくせに、なぜか制服を身につけた背中をみつめて、なんでだろう? と首を傾げた。
……潰れたカエルは、声なんか出せないのにね。
*
たいくつ、だった。
進む意味もみつからなくて。でも立ち止まれたら苦労しない。進む。進む。無気力に。……進む。
這うような努力もしないまま、ダラダラと足をひきずって。浅い息でも、呼吸をくりかえした。
気まぐれにふるう暴力は、いつだって、俺を満たしてはくれなかった。
尻ポケットに手を突っこんで、奥からひしゃげたタバコ箱を取りだす。かろうじて保たれた入り口から、一本抜きだして口に咥えた。
……火。
逆側のポケットをさばくる。小銭がジャラジャラと鳴る。――ない。ガス切れて、捨てたんだっけ。
さっきのやつらから、奪っときゃよかった。
見下ろした先に、倒れっぱなしのゴミ屑。足で転がして、身体を裏返す。ためしに、すこしさばくると、100円の使い捨てライターが見つかった。
カチリ。軽々しい音を立てて、薄っぺらな火が上がる。……十分だ。
咥えっぱなしのタバコに点火して、ライターは適当に放り捨てた。
カツカツと転がる音を聞きながら、また、浅い息を吸う。無味乾燥な大気より、もっと悪質なのを。
結局、すぐに口から離して、ぽつりとつぶやいた。
「……まず」
カッコつけに吸うやつらから、取りあげてみたはいいけど、特にうまいと感じたことはない。
ただ、爛れた空気が肺を満たしていく感覚は、なんともいえず不愉快で。それが、くせになる。――もう一度。意味もなく、汚染された息を吸う。空っぽの俺を、もっと空っぽのもので、満たしていくようだ。
くゆる煙を目で追って、ふと、三人組が言っていたことを思いだした。
――そいつ、……っ死んじまう……!
「死ぬの?」
つぶやいたところで、もちろん、返ってくる声はない。
もう死んでるのかな、と思ったけど、よく見れば、指先がピクリと動いていた。
動いてるっていうより、なんていうんだっけ? こう、こまかく、ヒクヒクするかんじ。けーれん? ――たぶん、そんなの。
とりあえず、まだ生きてはいるらしい。そんなに簡単にくたばれたら、誰も死ぬのに苦労しない。
俺は、そんな苦労、しらないけど。
なんだか急につまらなくなって、吸いさしのタバコをソイツの上に投げ捨てた。
*
さあて、どこへいこうかな。
ああしろこうしろって、うるさいのはごめんだけど、無音の空間は好きじゃない。
誰かに従うのは嫌いだし、従えるのも面倒くさい。迎合、受容、まっぴらごめん。だけど、独りじゃ、行き先さえ決まらない。
――嗚呼。たいくつ、だ。
アクビが出る。適当に伸びをして、凝った筋肉をほぐした。閉ざしたまぶたの裏に映るのは、――大っ嫌いな、あのひとの顔。
ほかの表情なんて、思いだせないのに。
おそれたような、さげすんだような、色をなくした瞳が。ひきつった口もとが。俺を、とらえて離さない。
どうして、あなたは。
つづきは、もう、思いだせない。震えた声。震えた唇。たぶん、あのひと自身も、震えていた。
薄らと開けた視界には、代わり映えのしない、すさんだ路地裏の風景。ちょっとばかし赤が強いけど、そんなことは大したちがいじゃない。
どこにいっても。なにをしても。
結局、俺の世界は、変わらない。
あーあ。邪魔なゴミを、足で道のわきに寄せた。簡単なお片づけ。掃除までしていく気はないけど。
陽が落ちてきた。夕焼けの保護色でよくわかんないし、暗くなれば、もっとわかんない。
こいつ、死ぬかなあ。
まあ、いまも死んでるようなもんだから、そんなに変わらないだろう。
……お腹がすいた。
遠いビルの影に沈む、赤い夕日を眺めながら、麻婆豆腐が食べたいなあと思った。とびっきり刺激的なやつ。
中華料理店。あったかな? 表通りに出れば、みつかりそう。
歩きはじめてから、シャツに散らばる斑点に気づいた。こんなとこまで、ぶらっ真紅。はた迷惑な、芸術家きどりの作品展。
まあ、いいか。だって、ゲージュツだし?
麻婆豆腐を思い浮かべる。肉がいっぱい入ったやつ。行き先は決まった。鼻歌をうたいながら、ダラダラと足を運んでいく。
ひきずるように、一歩一歩。
なんてことのない、俺の世界を。
……たいくつ、だ。
*
表通りに近づいたとき、せわしない往来の雑音にまじって、ひと組の会話が聞こえてきた。近い。不思議と、そのなかで、ひとつの声だけがクリアに響いた。
立ち止まる。薄暗い路地で、ぴたりと足を止めて、ぽけーっと、その声に耳を済ました。
「ほんとうに、こっちなんだろうな? ソラ」
高くもなく、低くもなく、男女どっちかも微妙なラインの、よく通る声。なにが特別なのか、わからないけど。
「まちがいないって。俺の鼻がそう言ってる」
「お前の発言は当てにならない」
「鼻だって、鼻! 嗅覚! ね? ハヤテ」
「……つまり、カンだろ」
「ひっどいなあ。俺の鼻はウソつかねーのに」
「全身問わず、お前の発言は当てにならねーよ」
あきれた声色。すこしの笑いを含んだような。包みこむように優しくて、どこかさびしい。
そして、俺の目の前を、横切るヒト。
「あ……」
一瞬。細い路地の出口から、そのひとの横顔をみた。暮れなずむ明かりを一身に浴びながら、通りすぎていく。
眉を傾けて、ほんの少し目もとを下げて、口の端を持ちあげて。
笑ったような、困ったような。
どきり、と心臓が脈打つ。――世界が、動いた。壊れた時計の針が、とつぜん傾くような。衝撃に、声も出せない。
艶やかな黒髪を、風にゆらして。
長く伸びた一房が、そのひとの軌跡を追うように、ふわりと漂う。
毛先が、視界から消え去るまでの、ほんの短い時間。
まるで、その一点だけにスポットライトが注がれていたように。俺の目は、釘づけになっていた。
「……だ、そうだ」
「うっそ、ハヤテも同意見? またまた、冗談いっちゃってー」
そのひとを、追うように、もう二人。茶髪の男たちが横切っていく。たぶん、同い年くらい。
薄茶の方は、銀メッシュ。しかめっ面で、不機嫌そうに。
濃茶の方は、金メッシュ。ゆるく笑いながら、となりの男をつついている。
対照的な位置に、ひと束のメッシュを入れた二人組。――派手な色彩に、ピンとくるものがあった。
「タカザキハヤテと、マミヤソラ……?」
となりの校区の有名人。この辺をフラついてれば、いやでも耳に入ってくる。俺でさえ、名前を知ってる、変なやつら。
手が付けられなくて、手のかからない、問題児。……届くのは、意味不明なウワサばかり。
――じゃあ、そいつらと一緒にいる、あのひとは?
ふらり、と誘われるように足が出る。
すこし先から、また、あの声。
「なにしてんだ、お前ら……」
理由なんてない。因果なんてない。
ただのカン。俺の、鼻が、――全身が、訴えた。
「だって、ハヤテが」
「俺に責任転嫁するな」
「チヅルー。ハヤテが冷たいー」
「……うざ」
チヅル。口のなかでそっと、反唱する。チヅル。チヅル。チヅル。あのひとの名前。
そこにいけば、きっと、息が吸える。
いままで考えたこともないくらい。深く。深く。
「なんでもいいから、早くしろよ。ソラが言いだしたんだろ? 中華食いてぇって」
「だって、血のニオイがしたんだもん」
「かわいこぶるな、きもちわるい」
「つーか、意味わかんねぇ……」
全力で、汚れたコンクリートを蹴りつける。一秒が惜しい。だって、こんな夕焼けは二度とない。
忘れてしまう前に。ほつれてしまう前に。交わった。この一瞬を逃したら、俺の世界は固まったまま。
それは、奇跡のような邂逅。
*
「――チヅル!」
飛びだしたついでに、じゃまな二人組をかき分け、押しのける。むだに背が高いから、ほんと、じゃま。
「な……」
「うわ、ちょ、なに」
雑音は、耳に入らない。
「は……?」
ふり向いたそのひとは、涼やかな目もとを、丸く見開いていた。
真っ黒な瞳のなかに映る、俺の姿。適当に脱色をくりかえした金髪が、はっきりとわかる。
――歓喜。
よくわかんないけど、なんか嬉しい。
チヅルのなかに俺がいる。それだけで、すごく高揚した。
チヅルは、どこか呆然したまま、パチパチとまばたきする。――生きてる。ホンモノだ。ニセモノなんか、しらないけど。
似てない。どこも似てない。正反対じゃないかってくらい、似てない。誰とだなんて言うまでもない。俺が覚えてる顔は、ひとつだけだ。
みょうに嬉しくなって、にへら、と笑ってみた。うまく笑えなかったみたいで、チヅルは、ますます固まった。
うん、だめだ。俺、笑顔なんて、練習したことないし。表情筋って、鍛えられるんだっけ? でも、俺が笑うと、みんな震えるから、きっとムダ。
「なんだ、こいつ」
「うわー、血だらけ。鉄錆とタバコのニオイ。……発生源、コレ?」
雑音がうるさい。
耳ざわりだから、黙らせよう。
スゥ――と表情が抜けおちていったのがわかった。そのまま、ふり向こうとしたら、チヅルの口が動きだしたので、やめる。
「どうして、お前」
俺をしばる、声。
そうか、……あのひとに、似てるのは。
納得。でもまあ、どうでもいいや。
きっかけなんて、ささいなこと。そんなことより、いまは――。
「麻婆豆腐、食べたい」
ぽかん、とふたたびチヅルのあごが落ちるのが、みえた。
うしろで、雑音のどっちかが、プッと噴き出した。チヅルは、固まってる。ならいいか、と思ってふり向いた。こんどこそ。
うつむいて、肩をふるわせているのは、金メッシュ。マミヤソラ。全体的にチャラチャラしてる方。頭軽そう。
……でも、それより。
「っなんだ、それ……!」
もうひとりの銀メッシュが、爆笑しはじめた。腹をかかえて、おおげさに。タカザキハヤテ。まともそうな方。黙ってれば。
ああ、……うるさいな。
やっぱり黙らせよう、と思って踏みこんだ途端。――みるからに頭軽そうなチャラ男に止められた。
それ以上ないくらい、絶妙なタイミング。掴まれた手首を、ギリギリと締めつける力がハンパない。
見上げたマミヤソラの顔は、笑っていた。さっきまでとは、がらりと雰囲気を変えて。軽さの欠片もない。すごく、愉しそう。玩具をみつけた、子どものような。
おもしろい。掴まれたままの手首をかえす。俺も向こうも本気じゃない。簡単に外れた拘束は、赤い跡を残していた。
指先に、しびれ。骨まで絞られた感覚が、まだ残っている。
これは、ひさびさに、いい獲物。強い相手とやりあうのは楽しい。ぎりぎりのスリルは、たいくつを吹きとばす最高のエッセンス。
クスリ。勝手に漏れだした笑み。それをみて、マミヤソラは、わざとらしく眉をあげた。
「ウワサ以上にイッてるね、狂犬」
「なにそれ」
「お前、有名だよ。金髪アシメに泣きぼくろ。気まぐれで、躊躇をしらない危険人物」
マミヤソラは、笑っている。にやにや、にやにや。なにが愉しいのか、しらないけど。
「――なあ、ヒヤマレン?」
嗤うマミヤソラのとなりで、タカザキハヤテは、まだ笑っている。
「ヒヤマって、氷山って書くんだろ? めずらしい苗字だよな。全国的にも、かなりすくない」
「なにが言いたいの」
「お前、あれでしょ? 警察官僚の不良息子。一時期ウワサになってたのに、さいきんはパッタリと止んだね。金でも動いたかな」
*
ちらり、とみたマミヤソラの瞳は、やたらとギラギラ光っていて、目を合わせたことを後悔した。
獲物をなぶるような眼。ものすごく愉しそう。――なにが楽しいのか、わからないけど。
「しらない」
おざなりに答えると、拍子抜けしたように、マミヤソラが目を丸くした。
「自分のことじゃねーの?」
「興味ない」
即答すると、マミヤソラは、こんどこそ黙りこんで、まばたきをくりかえした。
俺は、捕まらない。それだけ理解してれば、他はどうでもいい。勝手にしろ、ただし帰ってくるな、と言われた気がする。
俺が家にいると、あのひとの体調を乱すから。なんだっけ? 心身のバランスが崩れる? ――まあ、とにかく、そんなかんじ。
「へえ。――ハヤテ、こいつ、やっぱおかしいわ。おもしろい」
「いや……麻婆豆腐からして、ぶっ飛んでんだろ……!」
ようやく、俺から逸れたマミヤソラの視線は、となりのタカザキハヤテにうつった。まだ笑ってるし。なに、こいつ。
――麻婆豆腐が食べたい。
空腹感を思いだしていると、後頭部にガツンと衝撃。
「いってぇ!」
叫び声をあげたのは、俺じゃない。
衝撃に、うつむいた顔を持ちあげると、タカザキハヤテが、座りこんでうめいていた。
「いつまで笑ってんだ、馬鹿」
――チヅルだ。
いつのまにか、俺のまえに移動していたチヅルが、ついでにマミヤソラも蹴りとばす。さりげない動作だけど、完全に腰が入ってた。……あれは痛い。
「おかしくない? なんで俺まで蹴られたの?」
「お前が原因だからに決まってんだろ」
「横っ暴! うそでしょ、どう考えたって原因はソイツ」
ずびし、と指さされた俺は、一連のながれをぽかんとみつめていた。なに、この茶番。ていうか、俺も、なぐられた?
「全員、同格だっての」
鼻を鳴らしたチヅルが、俺のほうに向き直る。
「レン、だっけ? お前、着替えてこいよ。さすがに、その格好で食事は無理だ」
とうぜんのように話をふられて、わけがわからなくなった。
だまって固まってると、チヅルは、いつまでしゃがんでんだ、とタカザキハヤテを蹴った。あれも痛そう。
「ああ、家に帰れねーんだっけ? いいや。――ハヤテ、上着脱げよ。前閉めれば、なんとか、ごまかせるだろ」
「なんで、俺」
「いいから、早く」
チヅルの剣幕に押されて、タカザキハヤテは、ため息をつきつつ上着をぬいだ。それを、投げわたされて、反射的にキャッチする。
「え?」
なに、これ。
「麻婆豆腐が食いたいんだろ?」
いたずらっぽく笑う、チヅル。
あきれた顔をしながら、おとなしく控える、タカザキハヤテ。
にやにや笑いを貼りつけた、マミヤソラ。
「……チヅルが認めちゃ、しかたねーだろ」
「まあ、いんじゃない? 野犬を飼いならすのも」
なに、こいつら。
「意味わかんない」
思わずつぶやいた俺に、お前が言うな、と三方向からツッコミの嵐。
ほんとうに、意味がわからなくて、――それで。
わきあがる予感に、どうしようもなく口角が上がる。
――たいくつ知らずの、日々がはじまる。