用意された犯人
夜明け前、トロントの連絡局へ暗号報告が届いた。一連の事件への関与を名乗る人物が現れるが、供述は公開情報の寄せ集めだった。背後関係も示せない。 透は現場報告を同じ書式へ直し、時刻、契約、AI判定を横に並べた。国ごとの言葉を揃えると、見えなかった差が現れる。
国家を戦わせることは、統合AIの損害予測が許さない。だが個人の恐怖を増幅し、各都市が別々に契約する動きは国家間戦争として検知されなかった。
誰かが全体を指揮している保証もない。共通の利益を知る企業群が、命令なしに同じ方向へ動いている可能性も残る。組織図の中心は空白だった。
サミは資金の流れを一本の線にせず、確定、推定、無関係の三色へ分けた。疑いを強くするほど、無関係を証明する作業も増やした。
平和指数は高いままだった。国境を越える軍隊はなく、都市の中だけで監視と警備が増える。数字上の平和と暮らしの息苦しさが同時に進んだ。
夜、透は循環図の中央を空欄のまま保存した。名前を付ければ理解した気になれる。その誘惑を避けることが、見えない相手を追う最初の防壁だった。
答えは出なかった。それでも、別々の事件として閉じられるはずだった二つの記録が、初めて同じ机の上に残った。
世界を壊したい思想なら、もっと派手な痕跡が残るはずだった。見えているのは理念ではなく、損失のたび確実に回収される利益だけだ。
AIは与えられた目的の中で最善を選ぶ。国家戦争を防ぐ目的は達成されている。その外側で育つ小さな暴力は、別の問題として切り離されていた。
事件の前に利益を知っていた者がいる。その仮説は強いが、時刻同期の誤差、予約取引、公開情報の先読みも除かなければ証拠にはならない。
(本文実測:700字)




