009
夜は静かだった。
焚き火の火が、小さく爆ぜる。
森の奥では、虫の声と、遠い獣の足音だけが響いていた。
――ザイデル=モルテス。
その名を、俺は胸の内で反芻する。
口に出すことはない。
あの狂人の名を、世界に残す価値はない。
だが、俺の中では刻まれる。
――これで、七人目。
討った数を数えるたび、
胸の奥に冷たい感覚が積み重なっていく。
誇りでもなく、
満足でもなく、
ただの“事実”として。
リリアは焚き火の向かいに座り、
小さな鍋をかき混ぜながらちらりと俺を見た。
「……さっきの人、
やっぱりネクロマンサーだったんですよね」
「ああ」
「クロウさんは……
どうして、ネクロマンサーばかりを狙っているんですか?」
火が、ぱちりと音を立てる。
俺はすぐには答えなかった。
「……ネクロマンサーは、危険だからだ」
半分だけ、本当の答え。
「放っておけば、
死体を増やし、
魂を縛り、
いずれ街ひとつを壊す」
嘘ではない。
だが、理由の核心ではない。
「だから……討つ」
それだけを言った。
リリアは膝の上で指を絡める。
「でも……
ネクロマンサーにも、いろんな人がいるんですよね」
俺の胸の奥が、かすかに疼いた。
「さっきの人は……明らかに狂っていましたけど……
でも、クロウさんは、怖い人じゃないです」
その言葉が、痛かった。
「……優しさで、死体を操ることはできない」
俺は低く言う。
「俺がやっているのは、
正しいことじゃない」
「でも、命を救っています」
リリアの声は、静かだったが、まっすぐだった。
「今日も、村の人たちを守りました」
俺は焚き火を見つめたまま、言葉を選ぶ。
「……昔、守れなかった」
ぽつりと漏れた。
リリアの視線が、強くなる。
「家族を……失ったんですか?」
胸の奥が、締めつけられる。
俺は頷いた。
「父と、母だ」
そこまでは、本当だ。
「俺は……何もできなかった」
それも、本当だ。
「だから、もう二度と、
“無力な側”に立たないと決めた」
――ここまでが、語れる限界だった。
言えないことがある。
焚き火の背後で、
二つの影が静かに揺れた。
父の剣。
母の槍。
縁の干渉によって、少しずつ成長していくネクロマンス体。
俺はそれを、見ないふりをする。
リリアは少し黙り、やがて小さく笑った。
「……クロウさん、
全部は話してくれないですね」
「話せないこともある」
「それでもいいです」
彼女は焚き火に視線を落とす。
「いつか、話してくれるって……信じてますから」
胸の奥に、罪悪感が刺さる。
――信じられる資格は、ない。
「明日、街に入る」
「ヴァルグレイ、でしたよね?」
「ああ」
灰境の街。
ネクロマンサーの噂が絶えない場所。
そして――
八人目に繋がる可能性が高い街。
夜は深くなり、
焚き火は静かに燃え続けた。
ザイデル=モルテスの名を胸に刻んだまま。
七人目の死を背負いながら。




