072
音は、まだ鳴っている。
太鼓。
笛。
骨の擦れる音。
だが――
もう、届かない。
世界は、糸の集合体だ。
絡まり、結ばれ、縫い止められた構造。
音も、感覚も、死者も、生者も。
すべてが「縁」でできている。
アルベルト。
セレスティア。
二人の縁は、俺の背後で巨大な錨のように沈んでいる。
深く、重く、壊れない。
視線を上げる。
ローデリヒ。
狂った指揮棒。
乱れた行進。
エルシア。
地面に膝をつき、
無数の死の感覚に溺れている。
俺は、命令を出さない。
ただ、縁をなぞる。
アルベルトが動く。
静かに。
無音で。
剣が振るわれる。
屍兵の群れの中を、
縁だけが崩れる。
肉体は後から崩壊する。
砂のように。
セレスティアが跳ぶ。
槍が円を描く。
行進隊の中心を貫き、
音を支える縁を切断する。
太鼓の音が、ひとつ消える。
ローデリヒの拍子が、狂う。
「な……に……?」
彼の心拍が、逆に乱れ始める。
指が震える。
エルシアの能力も、不安定になる。
死者の感覚が逆流し、
彼女自身を締め上げる。
「……もう……いや……」
それでも、終わらない。
音は残る。
縁は、まだ繋がっている。
視線が、
ローデリヒの背後へ行く。
見える。
彼の縁。
屍兵たちと繋がる無数の糸。
その中の、
一本だけ。
細く、だが強固な縁。
左腕の屍兵部隊を統括する束。
剣を構えない。
術式も組まない。
ただ、
触れる。
意識で。
世界が、一瞬だけ軋む。
自分の縁が、
他人の縁へと――
滑り込む感覚。
「……っ!?」
ローデリヒの左腕が、跳ねた。
勝手に。
指が、逆方向へ折れ曲がる。
同時に、
左側の屍兵たちが、
一斉に硬直した。
太鼓を落とし、
笛を取り落とし、
隊列が崩壊する。
「なにを……した……?」
ローデリヒの声が、震える。
俺も、分かる。
これは、まだ不完全だ。
ほんの一瞬。
ほんの一本。
屍腕ひとつ、奪っただけ。
だが――
他人の死霊術の縁に、干渉した。
奪った。
支配ではない。
破壊でもない。
侵入。
接続。
ジャック。
頭が、割れるように痛む。
視界が白くなる。
能力が、拒絶している。
器が、まだ足りない。
だが、結果は出た。
ローデリヒが後退る。
「……怪物……」
行進は止まる。
音楽は崩壊する。
エルシアは地面に倒れ、
ただ呼吸している。
アルベルトとセレスティアが、
俺の前に戻る。
鎧はひび割れ、
縁は、さらに重く沈んでいる。




