071
白い円の外で、
アルベルトとセレスティアが立つ。
剣と槍を構え、
音の波と、死の感覚の奔流を正面から受け止めている。
太鼓の衝撃。
屍兵の群れ。
感覚共有の濁流。
鎧の表面が軋み、
縁がきしむ音が、俺の胸の奥に直接響く。
「……やめろ……」
命令じゃない。
懇願だ。
だが二人は退かない。
聖域の内側に、
一歩も通さない。
リリア
背後で、小さな音。
リリアの膝が折れた。
「……クロウ……さん……」
光の円が、揺らぐ。
彼女の身体が前に倒れ、
俺の腕の中に滑り込む。
軽すぎる。
呼吸はある。
だが、意識はない。
聖域は、消えかけの灯火になる。
エルシアが頭を抱えた。
「……やめ……」
「やめて……入ってくる……!」
彼女の能力が、制御を失う。
死者の感覚。
千、万。
戦場、処刑場、疫病村、飢饉。
彼女自身が、それに呑まれていく。
「……いたい……」
「さむい……」
「くるしい……」
彼女の口から、無数の死者の声が溢れ出す。
ローデリヒの音楽も、乱れる。
拍子が崩れ、
屍兵の行進が千鳥足になる。
胸の奥で、何かがひび割れていく。
アリスの微笑み。
孤児院の魂の光。
神父の人肉の時計。
迫害の石。
家族の血。
弟の消失。
不整脈。
感覚の地獄。
全部が、
同じ深さで沈んでいる。
感情が、追いつかない。
怒りも、恐怖も、悲しみも、
もう「形」にならない。
ただ、
冷たい。
音が遠のく。
叫びも、音楽も、悲鳴も、
水の底の出来事みたいに歪む。
思考が、静まる。
痛みはある。
疲労もある。
絶望もある。
だが――
揺れない。
心拍が、奇妙なほど整っている。
ローデリヒの拍子にも、
エルシアの感覚にも、
もう引きずられない。
世界が、
糸で出来ているのが見える。
縁。
縁。
縁。
死者。
生者。
音。
感覚。
魂。
すべてが、
絡まり合った一本の構造物として視える。
「……」
言葉は出ない。
必要もない。
剣を、握り直す。
アルベルトとセレスティアの縁が、
これまでよりも
深く、重く、はっきりと視える。
同時に、
自分の中で、
まだ名前のない何かが
静かに形を取り始めているのが分かる。
術式ではない。
技でもない。
在り方そのものが、変わり始めている。
それは予感だけ。
まだ力にはならない。
だが確かに――
この瞬間、
クロウは境界を一つ越えた。
聖域の光が、消えかける。
両親の骸が、ひび割れながらも立ち続ける。
側近二人は、狂気の中で互いを壊し始めている。
そして俺は、
静かな地獄の中心で、
剣を構えていた。




