070
胸が、まだ他人の死で満ちている。
冷たさ。
圧迫。
砕ける骨の感触。
エルシアの能力は続いている。
止められない。
そのとき。
遠くから――
ドン。
低い音。
太鼓。
ドン、ドン、ドン。
心臓が、強制的に跳ねる。
「……来た」
路地の奥。
霧の向こう。
屍兵の軍楽隊が、整列して進んでくる。
骨の笛。
胸郭の太鼓。
頭蓋骨のラッパ。
指揮棒を振る、ローデリヒ。
微笑んでいる。
「合流だ」
エルシアが呟く。
背後。
彼女。
前方。
死の行進曲。
挟み撃ち。
歯を食いしばる。
「父よ」
「母よ」
「アルベルト」
「セレスティア」
鎧をまとった骸が現れる。
剣と槍。
俺の罪。
「行け……!」
命令を出す。
アルベルトが屍兵の隊列へ突撃。
縁断ちの剣が走る。
屍兵が砂のように崩れる。
セレスティアが槍で道を開く。
だが。
終わらない。
音が止まらない。
ローデリヒが無傷でいる限り、
屍兵は湧き続ける。
「術者に……届かない……!」
心拍が乱れる。
視界が暗くなる。
膝が笑う。
後ろでは、エルシアが能力を強めている。
「ほら……感じるでしょう……」
焼かれる肺。
潰れる眼球。
溺死の喉。
精神が削れていく。
「……クロウさん……!」
リリアが、ふらつきながら前に出た。
顔色は真っ青。
唇が震えている。
それでも。
両手を、胸の前で組んだ。
「……お願い……」
「これ以上……」
「誰も……苦しまないで……」
声は、泣きそうだった。
だが――
光が、灯る。
淡い白金の光。
リリアの足元から広がる。
半径、三歩ほど。
小さな円。
音が、歪んだ。
太鼓の低音が、遠のく。
骨笛の甲高い音が、薄れる。
エルシアが、目を見開く。
「……遮断……?」
ローデリヒの行進が、一瞬乱れる。
心臓の暴走が、止まる。
呼吸が、戻る。
地面に崩れ落ちそうになるのを、堪える。
「……これは……」
リリアが、涙を浮かべながら言う。
「聖魔術は……」
「守りたいって……思うほど……」
「強く……なるんです……」
膝が震えている。
魔力は、限界だ。
それでも、立っている。
「クロウさんを……」
「死なせたく……ない……」
胸が、締め付けられる。
俺は、この子に守られている。
ネクロマンサーの俺が。
ローデリヒが、不快そうに眉をひそめる。
「雑音だ」
エルシアが、唇を噛む。
「……壊せばいい」
二人の視線が、リリアに向く。
聖域。
小さな、命の円。
それが今――
唯一の安全地帯。
そして同時に、
最大の標的。




