007
腐臭と悲鳴が、森を満たしていた。
三十の屍が、一斉に押し寄せる。
俺は影を踏み、父と母の残滓を前に出す。
「下がれ、リリア!」
「で、でも――!」
「命令だ!」
声を荒げた瞬間、屍の一体が死角から飛びかかってきた。
――間に合わない。
俺は無理に踏み込み、影を引き寄せる。
父の剣が屍を斬り裂く。
だが、次の瞬間、背後から爪が突き刺さった。
肉を裂く感触。
熱と痛みが、背中を貫く。
「……ッ」
歯を食いしばる。
守るために動いた代償だった。
「おやおや……」
狂人ネクロマンサーが、愉悦に満ちた声を上げる。
「今の、完全に無駄な動きだったね?」
指をくいっと曲げる。
「君、本来なら避けられたよ。
でもさ――守ろうとしたせいで、食らった」
笑う。
「優しいねえ、クロウ。
迫害されて、嫌われて、怖がられて……」
首を傾げる。
「なのに、ちょっと優しくされただけで、心を許しちゃうんだ」
胸の奥が、えぐられる。
「……黙れ」
「図星でしょ?」
楽しそうに目を細める。
「君みたいなの、嫌いじゃないよ。
惨めで、孤独で、優しさに飢えてる怪物」
吐き捨てるように笑う。
「でもさ……がっかりだ」
嘲笑。
「もっと冷酷な怪物かと思ってた。
なのに、たかが女の子一人で揺らぐなんて」
「クロウさん……血が……!」
リリアの声が震える。
俺は振り返らずに言い放つ。
「見るな。
お前は後ろだ」
だが、彼女は退かなかった。
代わりに、背中の弓を引き抜く。
「……私も、戦えます」
矢筒から矢を引き抜き、短く詠唱する。
「――清めの光よ」
矢尻が、淡い白光を帯びた。
リリアが放つ。
矢は屍の額を貫き、聖光と共に焼き切った。
屍が悲鳴を上げ、崩れ落ちる。
「……効いてる?」
驚きと不安が混じった声。
狂人が、興味深そうに目を細めた。
「ほう……
聖魔術付きの弓使いか」
舌なめずり。
「いいねえ……
君の“弱点”、なかなか高性能だよ」
リリアは震えながらも、次の矢をつがえる。
「私は……足手まといにはなりません!」
放たれた矢が、別の屍を浄化する。
数は少ない。
だが、確実に“死者に効く”攻撃。
俺は、痛みに耐えながら前へ出る。
「……無理をするな」
「無理してるのは、クロウさんのほうです!」
噛みつくような声。
「あなたばっかり傷つくの、嫌です!」
一瞬、言葉を失った。
胸の奥が、焼けるように痛む。
「……あーあ」
狂人が、肩をすくめる。
「完全に情が移ってるね、クロウ」
嘲るように言う。
「迫害されてきたんでしょ?
怖がられて、嫌われて、
人間扱いもされなかったんでしょ?」
にやりと笑う。
「だからさ……
優しくしてくれた相手に、依存しちゃうんだ」
残酷なほど正確な指摘。
「それ、怪物としては致命的だよ?」
屍の群れが、再び迫る。
俺は歯を食いしばり、影を踏み込む。
父と母の残滓が、前に出る。
剣と槍が交錯し、死体を斬り伏せる。
だが、背中の傷が鈍く疼く。
視界が、一瞬揺れた。
その隙を、狂人は見逃さない。
「いいよ……
もっと苦しめ、クロウ」
囁くように言う。
「君が“人間らしく”壊れていくところ、
もっと見せてくれよ……!」
リリアの矢が、また一体を貫く。
光が瞬く。
俺は、その背中を一瞬だけ振り返る。
――守りたい。
その想いが、
同時に最大の弱点になっていると理解しながら。




