067
血を流しながら、エーレンは杖を振り上げた。
「管理しろ……!」
「整列しろ……!!」
瓶が震える。
子供たちの魂が、悲鳴のように揺れる。
だが――
整わない。
本来、彼の能力は“精密”だった。
魂の傷を正確に抉り、
過去の一点だけを撃ち抜く。
だが今は違う。
怒り。
恐怖。
侮辱。
感情が、術式を汚染している。
魂魄弾が乱射される。
床に当たり、壁に当たり、空中で弾ける。
映像が、支離滅裂に流れ込む。
知らない戦場。
知らない死体。
誰かの絶叫。
――俺の過去ではない。
「……乱れてる」
掠れた声で呟く。
見える。
エーレンと子供たちの魂を繋ぐ縁が、ほどけ始めている。
絡まりすぎた糸が、怒りで焼け、脆くなっている。
今なら。
魂を斬らずに、術者だけを断てる。
一歩。
幻覚が来る。
だが、弱い。
焦点が合わない。
二歩。
床が揺れる。
声が混じる。
だが、形を成さない。
三歩。
子供たちの魂の間を抜ける。
淡い光が、肌を撫でる。
冷たい。
軽い。
――生きていない、重さ。
「来るな……!」
エーレンが叫ぶ。
「来るな来るな来るな!!」
杖を振る。
魂魄弾。
アルベルトが剣で弾く。
刃に“縁断ち”の術式が乗り、
弾丸は空中で霧散する。
セレスティアが前に出る。
槍で地面を叩き、俺の足場を作る。
――二人とも、子供の魂には一切触れない。
ただ、俺を通す。
距離、三歩。
エーレンの顔が、完全に崩れている。
「私は……!」
「王の……!」
「価値を……!」
意味を成さない。
俺は剣を構える。
狙うのは、心臓ではない。
首でもない。
魂と肉体を繋ぐ縁。
胸の中央。
人の形をした“結び目”。
剣を振る。
刃が、肉体に触れる前に、
縁だけを斬る。
音はしなかった。
エーレンの体が、糸の切れた人形のように崩れる。
血も出ない。
死体にもならない。
魂は、残らない。
存在が、静かに終わる。
瓶が、次々に砕ける。
子供たちの魂が、淡い光となって浮かび上がる。
絡みついていた縁が、ほどける。
引き裂かれるのではなく、
自然に解かれる。
泣き声が、消える。
代わりに――
小さな、安らいだ温度だけが残る。
光は、天井をすり抜け、
夜空へと昇っていく。
どこへ行くのかは、分からない。
だが。
もう、檻はない。
剣を下ろす。
膝が、崩れる。
アルベルトとセレスティアが戻ってくる。
無言で、俺の両脇に立つ。
縁が、また太くなっている。
重く。
深く。
「……ありがとう」
小さく言う。
返事はない。
だが、確かに――
守ってくれた。
リリアが、震える足で立ち上がる。
「……終わった、んですね」
「ああ」
地下室には、もう泣き声はない。
瓶もない。
術式も消えている。
あるのは、
解放された魂の余韻と、
深くなった鎖の重さだけ。
第二側近は、消えた。
残り、二人。
そして――王。
俺は剣を鞘に戻す。
「……行こう」




